これを知れば『義母と娘のブルース』がもっと面白く見えてくる(前編)はこちら

核家族の時代へ

厚生省(現・厚生労働省)が毎年発行する厚生白書で、「核家族」の抱える問題がクローズアップされたのが、1970年代の半ばである。
核家族とは、夫婦のみ、もしくは夫婦と未婚の子どもだけの小家族のこと。60年代の終わりごろに脚光を浴び始め、70年代にかけて急速に増加した。

俗に、ドラマは時代の鏡と言うが、そんな核家族化の波を反映してか、この時期、一風変わった2つのホームドラマが相次いで登場して話題となった。1つは、橋田壽賀子脚本の『となりの芝生』(NHK)、もう1つは山田太一脚本の『岸辺のアルバム』(TBS系)である。両ドラマに共通するのは、リアリティだった。

まず1976年1月、NHKの銀河テレビ小説で『となりの芝生』が放送される。物語は、結婚して12年目の夫婦と子ども2人の平均的サラリーマン一家が、念願のマイホームを建てたところ、夫の母がやってきて勝手に居座ってしまい、嫁と姑の確執が始まるというものだ。
それまでのホームドラマは親子三世代の大家族を描くことが多く、同居する嫁と姑の関係は比較的良好だった。いさかいがあるにしろ、それは笑い話のレベルだった。ところが、同ドラマは違った。橋田壽賀子の書く姑は、嫁に対して辛らつだったのだ。

夫婦役を演じたのは、山本陽子と前田吟である。姑役に名女優・沢村貞子。この姑は、いちいち嫁の家事に干渉したがり、孫のしつけが悪いと文句を言い、彼女の内職にまで口を出した。
「私は、お父さんの顔をつぶすような内職なんかしませんでしたよ!」
だが、嫁も当初は素直に従っていたものの、次第にたくましくなり、姑に応戦するようになる。2人に挟まれた夫は、オロオロするばかりである。

お茶の間は騒然となった。嫁派と姑派に分かれ、大論争が起きた。NHKには連日、多くの投書が寄せられ、銀河テレビ小説の視聴率は、一気に跳ね上がった。

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家族の崩壊を描いた歴史的ドラマ

そして翌77年、今度はTBSの金曜ドラマで家族の崩壊を描いた歴史的ドラマが放映される。『岸辺のアルバム』である。

原作は、山田太一が東京新聞に連載していた小説だった。ドラマ化を打診され、彼は一つの注文をつけた。
「今までのホームドラマは嘘が多い。日常の小さな出来事の中にこそ、人間にとっての重大なドラマが詰まっている。そこをリアルに描きたい」

かくして、脚本・山田太一、演出・鴨下信一、プロデュース・堀川とんこうの座組で制作が決まる。堀川は同ドラマを"等身大ドラマ"と命名し、オープニングで1974年の多摩川水害の報道素材を流し、ジャニス・イアンの「ウィル・ユー・ダンス」を被せた。甘いメロディとショッキングな映像のギャップに、お茶の間は震撼した。

ドラマは東京郊外の多摩川べりに住む、ごく普通の中流家庭の話である。ある日、八千草薫演ずる平凡な主婦のもとに1本のいたずら電話がかかってくる。それが元で、彼女は禁断の浮気の道へ踏み出してしまう。夫の会社は倒産寸前にあり、娘はアメリカ人の留学生にレイプされ、息子はそんな家族の秘密を知り、思い悩んで家出してしまう。一見平穏に見える家庭も、一皮むけば様々な歪みを持っている――それがドラマの伝えたいメッセージだった。

物語の終盤、台風で家族の象徴である白いマイホームが多摩川の濁流に流される。その寸前、国広富之演ずる息子が必死の思いで家から持ち出したのが、家族の思い出がつまったアルバムだった。すべてを失って始めて、一家はもう一度やり直そうと思い立つ――。

ホームドラマの旗手も動いた

そう――奇しくも70年代後半に相次いで放映され、「家族とは何か」をお茶の間に問いかけた2つのドラマ。これを機に、清く・明るく・あたたかいホームドラマの時代は終わりを告げる。

その波は、かつてホームドラマの旗手と謳われた、あの脚本家の筆をも動かした。向田邦子である。1979年、彼女はある家族の物語を書き上げる。それは、四姉妹(加藤治子・八千草薫・いしだあゆみ・風吹ジュン)と、年老いた両親(佐分利信・大路三千緒)の日常を綴ったもの――。
NHKの土曜ドラマ『阿修羅のごとく』である。

物語は、ある日、三女が興信所に調べさせ、父親に愛人とその子どもがいることが発覚するところから始まる。母を案じ、その対処を話し合う四姉妹だが、一方で、彼女たちもそれぞれ秘め事を持っていた。ねたみやそねみ、そして互いへの疑心暗鬼。平凡な日常の中に時おり顔をのぞかせる「阿修羅」の面――。
それは、悲劇と喜劇が入り混じる、向田流の秀逸なホームコメディだった。

演出は、NHK切っての奇才・和田勉である。向田の世界観を表すのに、彼が選んだ音楽がトルコ軍楽の「ジェッディン・デデン」だった。ズルナと呼ばれる独特の管楽器の奏でる音色が、家族の悲喜劇を白日の下に浮き上がらせたのである。

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奮闘する2人の父親

70年代――急速に核家族化が進む中において、かつて一家の大黒柱だった父親の威厳は、急速に失われていった。
そして迎えた80年代、奇しくも、そんな父親たちへの応援歌のような2つのドラマが登場する。

1つは、1980年に放映された「池中玄太80キロ」(日本テレビ系)である。脚本は、石立鉄男のユニオン映画シリーズでもお馴染みのベテラン松木ひろし。主演は、本作が連続ドラマ初主演となる西田敏行だった。

物語は、通信社の専属カメラマンの主人公・玄太が、3人の子持ちの未亡人と結婚するも、わずか11日後に妻に先立たれてしまい、そこから血のつながらない3人の娘の子育てに奮闘するというもの。
ちなみに、そのプロットは、現在放映中の『義母と娘のブルース』の先駆けでもある。そう、温故知新。故きを温ねて新しきを知る――。

当初、玄太は3人の娘たちとの距離感に悩むが、本気になって子育てに格闘するうち、やがて本物の親子以上の信頼関係を築いていくのは、物語の王道である。そんな親子の姿がお茶の間の共感を呼んだ。

一方、翌81年には、言葉よりも背中で語る父親のドラマが登場する。『北の国から』(フジテレビ系)である。脚本は倉本聰。主人公・黒板五郎に田中邦衛、2人の子供、純と蛍は子役時代の吉岡秀隆と中嶋朋子が演じた。

ドラマの着想のヒントは、当時人気を博したアメリカのドラマ「大草原の小さな家」だと言われる。物語は、妻の不倫を機に、五郎が2人の子供を連れて、故郷である北海道・富良野へ帰郷するところから始まる。朽ちかけた五郎の生家を修復し、新たな生活を始める3人。だが、電気もガスも水道もない田舎暮らしに、純は父・五郎に拒絶反応を示してしまう。
「電気がなかったら暮らせませんよ」「そんなことはないですよ」「夜になったらどうするの?」「夜になったら寝るんです」

そんな純も、物語が進むにつれ、次第に大自然の中での暮らしに馴染んでいく。気が付けば、東京で冴えなかった父・五郎の背中が頼もしく見える。そして自らも成長し、妹の蛍と共に本当の家族のありかたを学んでいく――。

2つのドラマとも好評を博し、その後、続編が作られた。子役たちはドラマの時間軸と共に成長し、本物の家族のようだった。

だが――それら人間味あふれる温かい家族ドラマの一方、80年代が進むにつれ、非行や不倫、受験戦争などの新たな家族の問題が顕在化する。それに合わせ、家族ドラマも次なるステージを迎えることになる。

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1983年に訪れた家族の危機

時に1983年2月――世間を騒がせる2つの家族ドラマが相次いで登場する。『積木くずし』と『金曜日の妻たちへ』(いずれもTBS)である。

『積木くずし』は俳優・穂積隆信の実話に基づく手記をドラマ化したもの。中学生の一人娘が非行に走り、警視庁・少年相談室のアドバイスのもと、親子が向き合う壮絶な苦闘を描いた実録ドラマである。放映される度に大反響を呼んだ。当時、アイドルの「わらべ」として人気を博した高部知子の迫真の演技も評判となった。

一方、「金曜日の妻たちへ」は、多摩川周辺に住む3組の家族の複雑な恋模様を描いたドラマである。ニューファミリーと呼ばれる彼らの暮らしぶりはファッショナブルでモダン。横のつながりを楽しみ、ゲーム感覚で不倫をした。脚本は鎌田敏夫。演じたのは、古谷一行にいしだあゆみ、小川知子ら――。「金妻」は流行語となり、ドラマはパート3まで作られた。

同年8月には、落ちこぼれの受験生の次男と、三流大学に7年も通う風変わりな家庭教師・吉本を主人公にしたドラマ『家族ゲーム』(TBS系)が始まる。吉本は本音で次男と一家に向き合い、当初平穏だった家族は次第に歪んだ内面をさらけ出す。
家庭教師を演じた長渕剛はミュージシャンながら、そのひたむきな演技が評判を呼んだ。第三者の目を通して家族のあり方を問い直す、社会派ドラマの側面もあった。

家族ドラマ不毛の時代へ

そして1985年、究極の家族ドラマが登場する。中学生がベッドシーンを演じたり、2人してラブホテルに入ったりするなど、思春期の性を赤裸々に描いた『毎度おさわがせします』(TBS系)である。脚本は畑嶺明。ゴールデンタイムのドラマで10代の性を扱うのは初めての試みであり、当時中学生だった木村一八や中山美穂らが等身大の役を演じ、2人の大胆な言動にお茶の間は騒然となった。一方で、性の問題に家族で向き合う、啓蒙的な作品でもあった。

もはや、行きつくところまで行った家族ドラマ――。
しかし、80年代後半になると、テレビ界は突如トレンディドラマの波が席捲。流行を取り入れたカタログのようなドラマが氾濫し、作家性のある作品は生まれにくい状況となる。そして90年代に入ると、その波は恋愛ドラマへと昇華し、『東京ラブストーリー』(フジテレビ系)の大ヒットを機に、空前の連ドラブームが幕開ける。

気が付けば、ドラマの世界は恋人たちに占拠され、美男美女が画面を彩り、お茶の間の主役も20代の女性たちに移っていた。かつて一世を風靡した家族ドラマは風前の灯だった。
フジテレビで『ひとつ屋根の下』が放映される、2年前の話である。

「義母と娘のブルース」(C)TBS (C)桜沢鈴/ぶんか社
「岸辺のアルバム」(C)TBS
「金曜日の妻たちへ」(C)TBS

(後編へつづく)