人気バラエティ番組を数多く手掛けるプロデユーサー、佐久間宣行(テレビ東京)と藤井健太郎(TBS)の対談が、局の垣根を越えて実現!バラエティに対する熱い思いや企画のアプローチの仕方、さらには貴重な番組裏話などを、大いに語ってもらった。

――バラエティ番組に関して、佐久間さんから観たTBS、藤井さんから観たテレビ東京、それぞれどのような印象をお持ちですか?

佐久間:TBSさんは、作り手によってタイプの異なる番組が多いイメージですね。藤井さんが作るような番組と、『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』といった番組とは、全く種類が違いますからね。日本テレビさんは、いい意味で局のカラーがはっきりしている感じがしますし、テレビ朝日さんも、加地(倫三)さんの番組以外は(笑)、局のカラーがあるという印象は持っています。

藤井:テレビ東京さんは、若い世代の人が作っている番組が他局と比べても面白いものが多いな、という印象ですね。コンセプト一発で、細かいところにグッと寄せていくような番組は得意とするところだと思いますが、それを他局が真似しても、何故かうまくいかないケースが多いんですよね。

佐久間:うちより予算があるからじゃないですか?お金があるからといってセットを作っちゃったりすると、違ってきますからね。

――お互いが作る番組については、いかがでしょう。似ている部分もあると思いますか。

佐久間:いや、どうなのかなぁ。似ているという印象はあまりないんですよね。僕は割と、芸人さんを使ってお笑い番組を作るディレクターですが、藤井さんは、お笑いではないよね?

藤井:そうですね、あまり"お笑い"をやっている意識はないですね。

佐久間:僕は藤井さんの番組が大好きで、特番の『新型芸人オークション キリウリ~お金のためならここまでやります~』(2009年)から観ていますし。あれが最初の演出ですか?

藤井:そうですね。本格的に演出を手がけた番組としては、あれが初めてですね。

佐久間:そこから、面白い番組を作る人だなぁと思っていて。『Kiss My Fake~キスマイフェイク~』とかもずっと観ていましたから。それから、放送作家やディレクターといった、スタッフが共通しているところもあるので、そういう意味では親近感もあります。

藤井:別に意図してとかではなく、面白いものを作る人の絶対数がそんなに多くないんですよね。だからバラエティ業界の中でちゃんと"笑い"を扱ってるディレクターとは、だいたい面識がありますよね。

佐久間:そうそう。僕とか藤井さんがやるような番組を信用して任せられる人は、テレビ業界で、そこまで多いわけじゃないですからね。

――佐久間さんは、具体的に、藤井さんの番組のどこに惹かれたのですか?

佐久間:これもいい意味で受け取ってほしいんですが、芸人さんにちゃんと負荷をかける番組を作るところですかね。『キリウリ』の頃って、あんまりなかったような気がするんですよね。『電波少年』的なものが一度終わって、キャラクターの際立った芸人さんを大事にする番組が多かった時期に、そういった番組を作っていたので「おお!」と思いました。僕もそういうものが好きなので。

――藤井さんは、佐久間さんの番組に対して、どんな印象をお持ちですか?

藤井:そもそも、しっかり" 笑える "番組自体が少ないですよね。「面白いな」と思うことはあっても、笑うことなんて滅多にないですから。大人の男がテレビの前でゲラゲラ声出して笑える番組なんてホントに限られているので、そういう意味で、佐久間さんが作る番組は貴重ですよね。パラビでも配信している『SICKS~みんながみんな、何かの病気~』は、好きでしたね。全体の仕掛けはもちろん、ひとつひとつの話も面白かったし、ドラマ的なことと、バラエティ的なことが両方あって、笑える要素とシリアスな面が両立しているのも凄いし、本当に僕好みの要素がいっぱい入っていて、大好きでした。

佐久間:『SICKS』が好きだって言ってくれたのは、すごく嬉しいですね。あれは、僕が普通のディレクター、プロデューサーと育ち方が違うから、作ることができた番組です。コント番組の企画書が全く通らない時に、別のやり方で「ウレロ☆シリーズ」という企画を通したのですが、普通のコント番組の3分の1の予算でやることができた。で、もうひとつ、ちゃんとした番組を作りたいなと思った時に「(お笑いから)ドラマにつながっていく」というようなことを考えて『SICKS』を作ったのですが・・・会社で説明しても、最初は誰も分かってくれなくて。

藤井:確かに。仕上がりを観ずに判断するには、難しい内容ですよね。

佐久間:でも3話目くらいに、藤井さんがツイッターで「面白い」ってつぶやいてくれましたよね。同業者に分かってもらえることが、何より嬉しかった。

――お互いに、バラエティ番組を作る上で、何か聞きたいことってありますか?こんな機会もなかなかないので。

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佐久間:藤井さんに聞きたいのは、今、『オールスター後夜祭』とか『人生逆転バトル カイジ』などの大きい番組を手掛けているけれど、そういったもの以外の、例えば連ドラにつながっていくような、仕掛けは作らないんですか?『SICKS』を好きだって言ってくれるぐらいだから。

藤井:実は、ドラマの企画書は何本か出していて。実際に動くところまではいっていないんですが、一応、編成的にもなんとなくOKをもらったものはあるんです。バラエティの範囲内で出来ることは、レギュラーの『水曜日のダウンタウン』である程度実現できているので、思いついたものでそこに入らないものとなると、ドラマっていう選択肢が浮かぶことはありますね。

佐久間:そうなんですね!それは楽しみ。バラエティで消化できないアイデアとか、出てくるんですよね。

藤井:そうなんですよ。やっぱり、ちょっと変わったものをやりたくなりがちなんですけど、変わった構造を考える中で、ドラマだったらこれいけるなぁ、ってことはありますね。

佐久間:藤井さんの番組って、突拍子もないことをやっているけれど、基本は理詰めで作っているようなイメージがあるんですよね。でも、天才肌の人って、例えばうちの局でいうと、伊藤プロデューサーとかは、番組の企画を考えるときに、ワケのわからないことを突然言い出すんですよ。イメージ論みたいな。僕も、理詰めのアプローチは全くしないタイプですが、お笑い番組に関しては、出演者が今まで見せたことのない顔からスタートする、ということは多い気がする。藤井さんはやっぱり理詰めですか?

藤井:完全に、理詰めだと思います。理屈が通っていないと、自分的に気持ちが悪いところがあるので。最初に担当した『キリウリ』などはまさにそう。構造が大事な番組ですから。

佐久間:『有吉弘行のドッ喜利王』なんかも、構造がしっかりしてますよね。

藤井:『ドッ喜利王』は、「こんな◯◯は嫌だ!」みたいなお題だと、嫌だと言っているのにドッキリを食らうのは理屈が通っていないので、これは成立しないなと思ってたんですよ。本来は「こんな◯◯は、ギリ耐えられる!」じゃないと食らわす正義がない、と。で、最終的にはドッキリの「リアクション」のポイントと、「大喜利」のポイントの合計を競う"競技"なんだ、という理屈にずらしたわけですが・・・そういうことを、すごく考えちゃうタイプですね。まあ、やってみたらぜんぜん気にならなかったんですけど(笑)。

――最初にポーン、とアイデアがあって、そこから逆に理詰めで構築していくことはあるんですか?

藤井:それは、ケース・バイ・ケースですね。

佐久間:『ウレロ☆シリーズ』は、まず「東京03を売りたい」という気持ちから出発しましたから。「この人たち、こんなに面白いのにもっと表に出て来られないんだろう?」と。だから、最初は『コント・オブ・トーキョー』というタイトルで、東京03の単体企画だった。それで、彼らがゲストを迎えるという番組を考えたんだけど、企画書がぜんぜん通らなくて。そこへ、バカリズムも劇団ひとりも「やりたい」って言って来たので、声を掛けたんだよね。こういうケースも稀にあるわけです。

藤井:つまり「東京03が、輝く番組とはなんだろう?」というコンセプトですね。

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――お二人ともバラエティへの熱量が本当に高いと感じますが、もともとバラエティ志向だったんですか?

佐久間:もともと僕はラジオをやりたかったんです。ニッポン放送を受けたんですがダメで。それでテレビ東京に来たんですが、最初の一年はドラマを担当していました。入社して初めて知ったのですが、『浅草橋ヤング洋品店』(通称:浅ヤン)とか、『開運!なんでも鑑定団』とか、ああいう人気番組は全て外注で、局員になっても作れないという現実があったんです。みんな、入社してから知らされるんだよね。

藤井:どこもそうですよ。肝心なところはボカシてある、みたいな(笑)。

佐久間:そうなんですよ。制作会社の番組がいくつかあって、僕が入社した頃のテレ東は、看板番組のすべてが外注、という時期だった。だから、騙された!と思って(笑)。「お笑い番組とかやってみたいです!」と直訴しても、誰もネタ番組をやったことがなかったので、大変でした。

――そこから、バラエティ枠をどう開拓していったんですか?

佐久間:東京の芸能事務所が集まり、お笑いコンベンションというのを設立して、ネタ番組を持ち回りでやることになりまして。テレ東に回って来たときに、「それはさすがに外注じゃなくて、局員でやったほうがいいだろう」ということになったので「僕もスタッフに入れてください」と、手を挙げたんです。そのときにオーディションで通したのが、劇団ひとりと、おぎやはぎだったんですね。偶然、20代の面白い芸人さんがいてくれたことが、今につながっているわけです。

――なんだか、ドラマチックな展開ですね。藤井さんは、どういうキッカケだったんですか?

藤井:僕は、TBSに入社したときから一応バラエティ志望でしたが、どういうものをやりたいといった具体的なことは、現場を経験しながら見つけていきましたね。今の礎になる部分は、やっていくうちに出来上がっていったという感じです。

――中高生くらいのときに好きだった芸人さん、あるいはバラエティ番組はなんだったのか、気になります。

佐久間:藤井さんより5歳くらい上だから、ちょっと違うかもしれませんが、僕が中学生のときは『夢で逢えたら』や『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』、高校に入ってからは、ほぼ『ダウンタウンのごっつええ感じ』ですね。『とぶくすり』が高3の終わりで、大学時代に『めちゃ×2イケてるッ!』が始まった感じでしょうか。だから、ダウンタウン、ウッチャンナンチャン、ナインティナインのど真ん中世代。みんなお笑いが好き、というよりも、カルチャーとして体に染み付いている世代なんですよね。

藤井:僕は、『夢で逢えたら』は通ってなくて、中学のときに一番好きだったのは、『ごっつええ感じ』ですね。芸人さんでいうと、ダウンタウンさん以外はそんなにしっかり食らってはいなくて、とんねるずさんはちょっと手前だし、ナインティナインさんはちょっと後。そもそも、特にお笑い好きって感じではなくて、とにかくテレビが好きだったんですよ。(後編に続く)

大柄でダイナミックな佐久間プロデューサーに対して、常に冷静沈着な藤井プロデューサー。対照的な2人が、芸人さんについて、笑いについて、そして番組作りについて大いに語り合った前半戦。バラエティの今、そして未来、パラビなどの動画配信サービスへ寄せる思いなど、さらに濃い内容の後半戦へ続く。

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