『アンナチュラル』の歴史的快挙
先ごろ、放送界の権威であるギャラクシー賞の2017年度の受賞作が発表され、テレビ部門の優秀賞に、連続ドラマから唯一『アンナチュラル』(TBS系)が選ばれた。純粋な医療ドラマが同賞を受賞するのは、ギャラクシー賞55年の歴史の中でも初めての快挙である。
同ドラマは、ご存知、野木亜紀子さんのオリジナル脚本による法医学ミステリー。主演は今最も脂が乗り切っている女優、石原さとみさんだ。架空の「不自然死究明研究所(UDIラボ)」を舞台に、石原演じる法医解剖医の三澄ミコトが、個性豊かなメンバーたちと"不自然な死(アンナチュラル・デス)"に向き合い、死者の声なき声を拾いあげるというもの。そう、生きた人を救うのが医学なら、死んだ人を救うのが法医学である。
とにかく――医療ドラマが放送文化の担い手の1つとして公に評価されたことは大きい。もはや単なる娯楽じゃないと。つまり、この受賞は『アンナチュラル』という1つのドラマの栄誉に留まらない。過去から現在に至る"医療ドラマ"全体の歴史的快挙なのだ。
医療ドラマは時代の鏡
そこで、今回のコラムでは、医療ドラマの歴史を簡単に振り返ってみたいと思う。
一口に医療ドラマと言っても、今日その種類は多岐に渡る。孤高の天才外科医が活躍する定番路線から、権力争いモノ、救命モノ、法医学モノ、研修医モノ、産婦人科モノ、へき地医療モノ、獣医モノ――etc。
そう、医療ドラマの歴史は、まるで生物の進化の歴史のように、1つの共通の祖先から枝分かれして発展してきたものである。 そして、ヒットする医療ドラマは大抵、その時代の空気感を反映している。いわば"時代の鏡"なのだ。
では、早速時代をさかのぼりたいと思う。今日の医療ドラマの扉を開けたのは――あのドラマだった。
すべては『ベン・ケーシー』から始まった
1960年代、日本のテレビは外国ドラマであふれていた。要は、放送枠に対して番組の供給が間に合わず、欧米からの輸入に頼っていたのだ。『ローハイド』『ララミー牧場』『パパ大好き』『サンセット77』――etc。中でも一際異彩を放っていたのが、ヴィンセント・エドワーズ演じる脳外科医が主人公の医療ドラマ『ベン・ケーシー』(TBS系)である。
その独特のオープニングは今でも語り継がれる。まずカメラは黒板にチョークで書かれるいくつかの記号を映し出す。「男、女、誕生、死亡、そして無限」のナレーション。続いて廊下をストレッチャーで運ばれる女性患者の視点に。流れる天井。やがて止まると、頼もしげなベン・ケーシーの顔が覗く――というもの。
当時、外国のテレビドラマといえば、西部劇やホームドラマといった単純明快な娯楽劇が主流だったところ、『ベン・ケーシー』は医療現場をリアルに描いた大人の人間ドラマで、たちまち視聴者を惹きつけた。当時の人気を表す逸話に、放映される金曜の夜は、全国の銭湯がガラガラになったというのがある。事実、今もって外国ドラマの視聴率第1位である。
『ベン・ケーシー』が偉大なのは視聴率だけじゃない。その設定や世界観が、今日の医療ドラマのひな型になっている点もある。例えば――主人公・ベンは、腕は超一流だが、傲慢で自信に満ちて独善的。そのため、時に病院経営者や同僚医師とも対立する。ほら、まるで『ドクターX』の大門未知子を彷彿とさせるでしょ?さらには、そのフォーマット。手術を通して描かれる患者とその家族の葛藤、同僚医師や看護師たちとの間に起こる人間ドラマ、そして生死を分けるリアルな手術シーンに、時に描かれる同僚との淡い恋模様――これら一連のフォーマットは今日の医療ドラマの定型なのである。
日本の医療ドラマの父『白い巨塔』
『ベン・ケーシー』の人気は、早速、日本でもそれに影響を受けた作品を生み出す。山崎豊子の小説『白い巨塔』である。「サンデー毎日」(毎日新聞出版)の連載開始は『ベン・ケーシー』の人気が頂点にあった1963年だ。
同小説の主人公・財前五郎のキャラや設定は、明らかにベンを彷彿とさせた。彫りの深い顔立ちに、白衣からのぞく毛深い腕は男としてのセックスアピールを感じさせ、外科医としての腕は超一流。その性格も自信に満ちて独善的だった。そう、優れたエンタテインメントはオマージュから生まれる。
とはいえ、『白い巨塔』が『ベン・ケーシー』に影響を受けたのはここまで。同物語を構成する主要なストーリー――大学の医学部を舞台にした権力争いや、良心的な内科医とのライバル関係、医療ミスを巡る裁判、そして主人公の医師自らが病に侵され、死を迎える結末――等々は山崎豊子さんのオリジナルである。そして、それらのフォーマットは『ベン・ケーシー』同様、今日の医療ドラマのひな型になっている。
『白い巨塔』は、1966年に田宮二郎の主演で映画化されて以降、度々映像化されてきたが、中でも、2つのフジテレビの連ドラの印象が強い。1978年の田宮二郎版(脚本・鈴木尚之)と、2003年の唐沢寿明版(脚本・井上由美子)である。前者は撮影終了直後に田宮さんが自殺を遂げ、後者は西谷弘さんをチーフとするリアルな演出が評判となり、いずれも最終回は高視聴率となった。
医療知識を持つ2人の作家が書いた70年代作品
医療ドラマが通常のドラマと異なるのは、フィクションとはいえ、書き手にかなりの専門知識が要求されることである。そのため、前述の山崎豊子さんは「白い巨塔」を執筆するにあたり、膨大な取材を重ねたという。常々「取材魔」と揶揄される山崎さんの本領発揮である。
そんな中、70年代に奇しくも2人の医療知識を持つ作家が、後にドラマ化されることとなる、原作を相次いで発表する。1つは渡辺淳一の小説「無影燈」(1972年)、もう1つは手塚治虫の漫画「ブラック・ジャック」(1973年~1983年)である。渡辺さんは作家になる前は札幌医科大で整形外科医をしており、手塚さんも大阪帝国大学付属医学専門部の卒業生で、医師免許を持つ医学博士だった。
「無影燈」は、1973年(主演・田宮二郎/脚本・倉本聰ほか)と2001年(主演・中居正広/脚本・龍居由佳里)に、いずれもTBSで『白い影』のタイトルで連続ドラマ化された。主人公、・直江庸介は孤高の天才外科医。看護師の志村倫子(田宮版:山本陽子/中居版:竹内結子)と禁断の恋に陥るが、終盤、病に侵されて死に至る物語。医療ドラマでありつつ、ラブストーリー仕立ては、実に渡辺作品らしかった。
一方、「ブラック・ジャック」は、1981年(テレビ朝日)に加山雄三主演で連続ドラマ化されたのを始め(カルトドラマの話題になると、決まってこの作品が話題に上る)、2000年から2001年にかけてはTBSで本木雅弘主演で単発ドラマ(演出・堤幸彦)が3本作られるなど、こちらも幾度か映像化されている。主人公・ブラック・ジャックは医師免許を持たない、一匹狼の天才外科医。手術シーンのリアルな描写は、医学博士である手塚さんの本領発揮だった。
80年代を象徴する医療ドラマ
80年代――アメリカのテレビ界は未曽有の医療ドラマ不毛の時代に陥る。それは日本も同様だった。
そんな中で生まれた数少ない佳作が、1981年と1982年、正編と続編が放映された『野々村病院物語』(TBS系)である。理想の病院を求めて開業する医師・野々村を宇津井健が好演し、脇を津川雅彦、山岡久乃、関口宏、木内みどりらベテラン勢が固め、看護師の主任役で当時人気の夏目雅子が注目を浴びた。
物語のフォーマットは、病院内の多様な人間模様がメインである。そこには、難解な病名やリアルな手術シーン、魑魅魍魎とした権力闘争が描かれることはない。「ドラマのTBS」らしい、ホームドラマ的な要素が満載だった。主題歌の谷村新司の「青年の樹」もヒット。ある意味、平和な80年代を象徴する医療ドラマだったと言える。
三谷幸喜の連ドラデビュー作は結果オーライ
さて、90年代に入ると――フジテレビを起点に空前の連ドラブームが幕を開ける。そんな中、あの人気脚本家も、意外な作品で連ドラデビューを飾った。1993年の三谷幸喜さん脚本の医療ドラマ、『振り返れば奴がいる』(フジ系)である。
元々、三谷さんの登板は予定していた大物脚本家が降板したことによる、ピンチヒッターだったと聞く。そのためか、その医療ドラマは実にオマージュにあふれた作品だった。これは三谷さん自身も公言しているが、元ネタは『白い巨塔』である。物語の終盤、石黒賢演ずる医師の石川が病に侵され、やがて死に至る描写はキャラクターの位置付けこそ違えど、『白い巨塔』の財前五郎を髣髴とさせたし、財前のアンチヒーローキャラは、織田裕二演ずる天才的なメス捌きの外科医・司馬に踏襲された。
同ドラマは脚本段階ではコメディシーンが満載だったという。だが、当時の三谷さんは一介の新人脚本家。発言力はなく、ことごとく演出家にカットされる。その経験をもとに作られたのが、東京サンシャインボーイズの舞台劇『ラヂオの時間』(後に映画化)である。とはいえ、同ドラマは医療ドラマとしては傑作で、物語のラスト――司馬がかつての同僚・平賀(西村雅彦)の刃に倒れる場面は名シーンと評される。コメディシーンは削られたものの、シリアスな見応えのある医療ドラマに仕上がり、結果オーライである。
医療ドラマの歴史を変えた『ER緊急救命室』
さて、80年代から長きに渡り、医療ドラマ不毛の時代と言われたアメリカで、1994年――それまでの医療ドラマの歴史を大きく変える画期的な作品が生まれる。『ER緊急救命室』である。
日本でもNHKのBS放送をはじめ、スカパー!などで放映され、大人気を博した。タイトルの通り、緊急救命室を描いたドラマで、その圧倒的なリアリティとスピード感、そして主要なキャストたちの織りなす群像劇が新機軸だった。
原作は、映画『ジュラシック・パーク』などで知られるベストセラー作家のマイケル・クライトンである。自身の医学生時代を描いた小説「五人のカルテ」をベースに、自ら制作総指揮も務めた。
放送開始の翌年には、エミー賞を8部門で受賞し、以後、全米最高視聴率記録を度々更新するなど大人気を博して、最終的に15シーズンまで作られた。同ドラマから、無名の役者だったジョージ・クルーニーが一躍スターダムにのし上がるなど、多くの有名俳優たちを輩出したことでも知られる。
「ER」の2つの発明
一般に、医療ドラマの歴史はこう分けられる――「ER以前」と「ER以降」と。
それぐらい、同ドラマの登場は大きかった。『ER』の功績は、単に自らのヒットに留まらず、医療ドラマの歴史を大きく変えたことにある。そこには、2つの発明があった。
1つはリアリティである。それまでの医療ドラマは物語性が重視され、正直、医療シーンは象徴的に扱われるくらいだった。よくある「メス」とか「汗」とかの指図だったり、心電図がゼロを指して慌てて心臓マッサージや電気ショックなどの蘇生措置を施したり――。それが、「ER」は、1分1秒を争う現場の状況を、ステディカム(カメラ安定支持機材)を駆使してスピーディに、臨場感たっぷりに描いたのだ。その"リアリティ"に視聴者は惹きつけられたのである。目から鱗だった。リアルに医療シーンを描けば、それだけでドラマは成立することを「ER」は証明したのである。
もう1 つは群像劇だ。それまでの医療ドラマは主人公を中心に物語が展開されたが、「ER」は1つのチームを描き、個々の登場人物に光を当てた。その結果、人間関係が掘り下げられ、より重厚なストーリーが生まれたのである。
リアリティと群像劇――「ER」が発明した2つの要素は、医療ドラマの可能性を広げ、21世紀――日米ともに未曽有の医療ドラマブームが到来するのである。
日本版ER『救命病棟24時』
まず、「ER」以降のドラマとして日本で最初に注目されたのは――1999年に放映された"日本版ER"『救命病棟24時』(フジテレビ系)だった。救命救急センターを舞台に、江口洋介演じる外科医・進藤一生と、松嶋菜々子演じる研修医・小島楓を中心に、救命医たちの過酷な仕事が臨場感たっぷりに描かれた。楓の成長物語でもあった。
更に終盤では進藤の脳腫瘍が悪化し、最後は生死をさ迷う医療ドラマお馴染みの展開に――。高視聴率を保ち、同ドラマで当初セカンドライターだった福田靖さんが最終回を任され、以後、シリーズのメインライターとなった出世作としても知られる。
そう、同ドラマはシリーズ化され、現在に至るまで5シーズンが作られている。第2シーズン(2001年)では舞台を一新、前作以上に救命チームが厚く描かれ、ここでも終盤、渡辺いっけい演ずる医局長がクモ膜下出血で倒れるなど、ラストに向けて大いに話が盛り上がった。
阪神淡路大震災の10周年となる2005年には、首都直下地震に遭遇した設定で異色の第3シリーズが作られ、第4シリーズ(2009年)では医師不足や患者のたらい回し、モンスターペイシェントなどの最新の医療現場の崩壊が描かれるなど、いずれも高視聴率を獲得している。
日本版「ER」は、江口洋介と松嶋菜々子の2人の主役を軸に、本家「ER」のオマージュに留まらない、オリジナリティの要素もふんだんに盛り込み、日本の医療ドラマ史に爪痕を残したと言っていいだろう。
格段に広がった医療ドラマの舞台
さて、「ER以降」の医療ドラマが、それ以前の医療ドラマと比べて最も変わったところ――それは、描ける"舞台"が格段に広がった点にある。それまでは、派手な立ち回りを見せやすい外科医が主人公の作品が大半だった。それが、"リアリティをもって医療シーンを描けば、それだけでドラマは成立する"と「ER」が証明して以降、どんな医療現場も舞台として成立するようになったのだ。
それを研修医の目を通して描いたのが、佐藤秀峰さんの人気コミックを原作とする、2003年の『ブラックジャックによろしく』(TBS系)である。研修医である主人公・斉藤英二郎を演じたのは妻夫木聡。彼が派遣される先は、第一外科を始め、第二内科、NICU(新生児集中治療室)、小児科など様々。それぞれの現場で、現代医療が抱える問題点に直面しつつも、それを乗り越え、医師として成長する物語である。主人公自ら大立ち回りを演じるのではなく、ある種の狂言回しとして、研修医の目を通してリアルな現場を見せる手法は新鮮だった。
さらに言えば、同ドラマは後半に描かれたNICU(新生児集中治療室)や小児科のパートの評判がよく、これが2015年――綾野剛演ずる産婦人科医・鴻鳥サクラの活躍を描いた『コウノドリ』(TBS系)が放映される下地となる。
医療ドラマはチームの時代へ
もう1つ――「ER以降」の医療ドラマで大きく変わったのが、チームを主体とした"群像劇"が格段に増えた点である。
まず、アメリカで2005年にスタートした『グレイズ・アナトミー 恋の解剖学』がその代表格(日本ではWOWOWほかで放送)だろう。同ドラマは、シアトルの大病院で働く5人の研修外科医と、彼らを指導する医師たちを中心に繰り広げられる群像劇。仕事や恋愛に悩む5人の成長をインターン時代から描き、爆発的人気を博した。日本でも放送されて人気が高く、本国では、2018年5月に14シーズンが放映終了。
一方、日本でチームものの医療ドラマとなると、まず思い浮かぶのが、原案・永井明、医療監修・吉沼美恵、作画・乃木坂太郎の、2006年にスタートしたの『医龍-Team Medical Dragon-』(フジテレビ系)だろう。坂口憲二演じる天才外科医・朝田龍太郎を中心とした「チームドラゴン」の話で、安定した視聴率と人気を獲得。現在まで4シリーズが作られている。
最大の特徴は、主演の坂口だけでなく、時に小池徹平や佐々木蔵之介らが演じるチームのメンバーにもスポットが当たること。それが重厚な人間ドラマとして評価され、長期シリーズとなったのである。
"へき地医療モノ"という異色ジャンル
さて、21世紀に入って多様性を増した医療ドラマ――。それは"へき地医療モノ"なる異色の医療ドラマも生み出した。文字通り、主人公である医師が、離島や山岳地帯、はたまた幕末といった医療設備に乏しい舞台に放り込まれ、活躍する話である。
ハイ、もうお分かりですね。離島での診療を描いた『Dr.コトー診療所』(フジテレビ系)に、山岳医療の『サマーレスキュー~天空の診療所~』(TBS系)、そして極めつけは医療設備のない江戸時代にタイムスリップする『JIN-仁-』(TBS系)である。
"へき地医療モノ"の醍醐味は、限られた医療設備の中で主人公が奮闘するところにある。創意と工夫でカバーし、危機を乗り越えた時、そこに感動が生まれるのだ。実際、『Dr.コトー診療所』(2003年~)は主人公・五島健助を吉岡秀隆が好演し、シーズン2(2006年)も含めて極めて高い視聴率を残すと共に、お茶の間の満足度も高かった。
また、『サマーレスキュー~天空の診療所~』(2012年)は、向井理演ずる医師の速水を中心に、山荘や夏山診療所で働く人々の群像劇が描かれ、その新味のある舞台設定はある種のカルト的な人気を呼んだ。菅田将暉や能年玲奈(現・のん)ら若手俳優たちが注目された作品としても記憶される。
そして『JIN-仁-』(2009年~)は、大沢たかお演じる医師・南方が幕末にタイムスリップしたことで巻き起こる物語である。南方は歴史を変える危険を自覚しつつも、目の前の人々を病や怪我から救うため、現代から持ち込んだ知識と幕末の人々の協力により、近代医療を実現していく。一見、荒唐無稽な設定ながら、ペニシリンの抽出・精製を当時の技術で再現するなど、リアリティある描写が評判となり、視聴率もシーズンを通して大健闘。脚本は『世界の中心で、愛をさけぶ』や『ごちそうさん』でも知られる森下佳子さんだ。
法医学ドラマというジャンル
ここで――冒頭に戻って、『アンナチュラル』の話もしておきたい。『アンナチュラル』は、医療ドラマでは比較的新しい「法医学」と呼ばれるジャンルの作品だ。とはいえ日本では、古くは名取裕子演じる法医学者・二宮早紀が活躍する『法医学教室の事件ファイル』(テレビ朝日系)が1992年と1993年に連族ドラマとしてスタートし、その後、単発で長期シリーズ化されるなど、同分野に限ってはアメリカより先行して、日本で開拓された感がある。
1998年には、脚本家・井上由美子の出世作となった『きらきらひかる』(フジ系)も登場した。深津絵里演ずる新人監察医を始め、松雪泰子・小林聡美・鈴木京香らが演じる4人の女性を中心に描かれる法医学ミステリー。河毛俊作ディレクターと石坂理江子ディレクターによる、スタイリッシュな演出も評判を呼び、スマッシュヒット。プロデュースはフジの異端と呼ばれた山口雅俊。原作から大きく逸脱して、独自の世界観を作り上げたのは彼の功績が大きい。
21世紀に入ると、アメリカでは被害者の"骨"から証拠を見つけ、事件を解決に導く法医学者・ブレナン博士の活躍を描いた異色の『BONES』が登場した。同ドラマも好評を博して12シーズンまで作られ、昨年にシリーズが完結したのは記憶に新しい。
『アンナチュラル』の今っぽさ
そして――今年に入り、大評判を獲得した『アンナチュラル』である。栄えあるギャラクシー賞を受賞したのは承知の通り。思うに、野木亜紀子さんが描く珠玉のプロットや小気味よい台詞もさることながら、同ドラマで特筆すべきはその世界観ではないだろうか。物語は基本、ミコトと臨床検査技師の東海林夕子(市川実日子)、それに医大生でバイトの六郎(窪田正孝)の3人の、ほのぼのしたやりとりで進む。
普通、医療ドラマというと、封建的な組織や熾烈な派閥争い、虐げられる女性看護師――みたいなシビアな世界が描かれがちだけど『アンナチュラル』にそういうシーンは一切出てこない。基本、職場のジェンダー意識は高く、時おり入るコメディ要素で、法医学ながら重くなり過ぎないよう配慮されている(井浦新演ずる中堂も当初は粗野なキャラクターとして描かれたが、物語の中盤以降、コメディーリリーフ化する)。加えて、松重豊演じる神倉所長は、トボけた味でチームを緩くまとめつつ、いざというときは体を張って部下を守るという頼れる上司だ。
そう、『アンナチュラル』の描く世界観は、緩く、やさしい――それは今の社会が求める理想の医療ドラマを体現したものでもある。
そう言えば、あの『コウノドリ』(2015年、2017年)の世界観も、これに近い。鴻鳥先生はどこまでも患者寄りで、優しい。医療ドラマが時代の鏡と言われるのは、こういうことである。
原点回帰へ
最後に、ここ数年の医療ドラマに見られる"原点回帰"の動きも取り上げたいと思う。それは、いわゆる「ER以降」のリアリティ&群像劇路線とは一線を画す、スーパードクター路線である。そう、かつての医療ドラマの扉を開けた『ベン・ケーシー』に代表される定番路線だ。
その代表格が、言わずと知れた『ドクターX~外科医・大門未知子~』(テレビ朝日系)である。米倉涼子演ずる「私、失敗しないので」が口癖のフリーランスの外科医・大門未知子。2012年にシリーズが始まり、シーズン5まで全て高視聴率の大ヒット。医療ドラマというより、その紋切り型のフォーマットは、現代版『水戸黄門』という呼び声も高い。
同じテレビ朝日の『DOCTORS~最強の名医~』(2011年~)も、基本は"原点回帰"路線である。脚本は福田靖さんのオリジナル。沢村一樹演ずる主人公の相良浩介は、約3000件の執刀記録を持つスーパードクター。一匹狼だが、物腰は柔らかい。従来のスーパードクターに付きものの不遜キャラは、高嶋政伸演ずるライバルの森山卓が担っている。この役で高島さんの怪演キャラが開花し、今や同ドラマの最大の見せ場になっているのは言うまでもない。
2017年に放映された『A LIFE~愛しき人~』(TBS系)も基本、同路線だ。木村拓哉演ずる沖田は、米シアトルで10年間修行した超一流の腕を持つ外科医。物語はかつての恋人、深冬(竹内結子)と、その夫で副院長の壮大(浅野忠信)の三人を中心に、医療現場のリアリティや群像劇の要素も交えつつ、テンポよく展開された。初回、沖田が手術で失敗するシーンが描かれるなど、スーパードクターらしからぬシーンもあり、原点回帰に見せつつ、チャレンジングな姿勢も失わないのは、さすが木村拓哉である。
『ブラックペアン』は医療ドラマの集大成か?
そして――ついに最終回を迎える『ブラックペアン』(TBS系)である。それは、『半沢直樹』や『陸王』でもお馴染みのヒットメーカー福澤克雄監督が手掛ける医療ドラマ。キャストも豪華で、天才外科医の渡海征司郎役の二宮和也を筆頭に、東城大学医学部トップで、「佐伯式」の術式で世界的な評価を得る、佐伯教授役の内野聖陽、それに正義感の強い研修医役の竹内涼真と、主役級の顔がズラリと並ぶ。
一見すると、同ドラマも一匹狼の渡海がメスを持たせると天才的な腕を見せる――ありがちなスーパードクター路線に見える。しかし同時に、これは東城大学の佐伯教授と帝華大学の西崎教授(市川猿之助)が次期ポストを争う、『白い巨塔』ばりの権力争いのドラマでもあり、はたまた小泉孝太郎演ずる米国帰りの高階によって持ち込まれるスナイプを始めとする最新医療器具の見本市でもあり、更には葵わかな演ずる真っすぐな新人看護師や趣里演ずる曲者・猫田看護師、そして加藤綾子演ずる抜け目のない治験コーディネーター等々と、脇役陣にもしっかりと光が当たる群像劇でもある。かと思えば、タイトルにもなっている"ブラックペアン"が物語の最終局面のカギを握る深いミステリーでもある。
つまり――『ブラックペアン』は、これまでのあらゆる医療ドラマのノウハウが詰まった集大成という見方もできる。それもまた、色々な医療ドラマを見たいと欲する目の肥えた昨今の視聴者のニーズを反映しているのかもしれない。
もう一度言う。医療ドラマは時代を映す鏡なのだ。
『アンナチュラル』(C)TBS/『白い影』(C)TBS/『ブラック・ジャック』(C)TBS/『コウノドリ(2015)』(C)TBS (C)鈴ノ木ユウ/講談社/『サマーレスキュー~天空の診療所~』(C)TBS/『JIN -仁-』(C)TBS (C)村上もとか/集英社/『ブラックペアン』(C)TBS (C)海堂 尊/講談社
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