中谷美紀の主演ドラマ『あなたには帰る家がある』(TBS 毎週金曜夜10:00~)は、直木賞作家・山本文緒氏による同名長編小説が原作。"落ちてはいけない恋"に落ちてしまった2組の夫婦の生活を、リアルかつコミカルに描いたハラハラドキドキのストーリーや、100人以上の女性へのリサーチを行った「夫婦のあるあるネタ」「女性のホンネ」が満載の話題作だ。
中谷美紀演じる結婚13年目の主婦・真弓と、玉木宏演じる住宅販売会社のサラリ-マン・秀明の佐藤家。
一方の那須田家は、ユースケ・サンタマリアがモラハラ夫・太郎を演じ、完璧な主婦として暮らしてきたが、秀明との出逢いに運命を感じ惹かれていく妻・綾子を木村多江が演じている。
対照的な2組の家族が暮らすそれぞれの"家"について、美術スタッフの青木ゆかりさん、串岡良太郎さんに、"こだわり"や"裏話"をたっぷり語ってもらった。
住む人の"身の丈"に合った小道具で、家の個性を表現
――ドラマ『あなたには帰る家がある』では、対照的な2組の夫婦を描く上で、それぞれの"家"をどのようにイメージして作り上げていったのでしょうか?
青木:まず最初に台本を読んで、ドラマの企画意図を理解するところから始まります。このドラマでは佐藤家と那須田家、それぞれの夫婦の向き合い方の違いを、どのように表現するかに重点を置いて、家の間取りや動線を考えて作っていきました。
串岡:最初に決まったのは、キッチン。「キッチンを挟んで家族が向かい合う佐藤家」と、「常に家族に背を向けて食事の支度をしている綾子さんの後姿をイメージさせる、茄子田家の昔ながらの台所」を作るところから始まりました。
――その場合、ポイントとなるのは家族構成ですか?
青木:家族構成もそうですが、「人としての向き合い方」「奥さんがどのような立ち位置で動いているか」が一番大きいと思います。まず台本を読んだ印象から美術側である程度のプランを作って、監督に「私たちはこのように台本から読み取りました。このレイアウトでどうでしょう?」と提案をさせていただきます。
――その設計図を元に、監督の意見を加えながら修正・完成させていくのですか?
青木:今回は平野監督と私の考えている事に相違がなかったので、ほぼ修正もなく「このままいきましょう」という形でした。その作業と並行して、ロケハンで実際に外観を使わせていただく家を決めるという作業がありますね。
串岡:その建物からイメージしながら内装を作っていくんです。茄子田家の玄関は、撮影で使わせていただく家の玄関と同じサイズで作っているんですよ。実際は平屋ですがドラマでは2階がある設定なので、カメラさんと「この角度からは外観を撮影しない」など、最初に現場で細かい撮影の取り決めをします。
――ちなみに、住む人の性格や職業なども、セットを作る上で関係するものですか?
青木:そういう意味では、本作では二分された家庭を描いているので、そのイメージを裏切らないように注意しています。佐藤家は、旦那様が住宅メーカーで働いているので、そういった職業の方がマンションを買って、普通に暮らしているイメージでシンプルにまとめています。あまり奇抜でなく、地に足の着いた生活感が出せればいいなと。世の中に普通に出回っている建材を、内装に使いました。あとは結婚時に揃えた家具を大切に使い続けていたり、小物類はホームセンターでも購入可能なものだったりと、視聴者にも身近な、標準的な物で揃えています。
――対して茄子田家は、夫の両親が住んでいる家に同居しているせいか、家具も和洋折衷でチグハグな印象ですね。
青木:三世帯が同居している家なので、そのチグハグ感から、思い通りに生活していない感じがしますよね。
串岡:茄子田家の中は、綾子さんのテイストを徹底的に無くしました。表では花壇を作るなどして"綾子さんの世界"がちょっとあるけれど、家の中は居づらい感じを出すため、綾子さんの趣味の物は一切置いていないんです。
青木:1人だけアウェイな感じ。「血のつながりのない、嫁感」ですよね。
串岡:茄子田家の家具に関しては、いろいろ探しに行きましたね。
青木:昔からの物を持っている道具屋さんからお借りしたり、リサイクルショップから買ったりして揃えています。
――撮影が始まってから、変えていった点などもあるのでしょうか?
青木:方向修正的な変更はないですね。「人が住んでいる途中」を表現するまでが我々の仕事で、役者さんたちがお芝居を始めたら、もう後は"彼女たちの家"。こちらから"動かす"というよりは、生活をしていく中で"動いちゃっている"ものはあります。それが自然な生活ですから。
串岡:例えば佐藤家だと、3人で暮らしていた時と旦那さんが出て行った後では、ソファとテレビの位置を90度捻って変えています。あと、旦那さんの憩いの場だったフィギュアコーナーが、クローゼットに変わりました。
青木:離婚したからといって、全員が全員模様替えをするわけではないと思いますが、とはいえ秀明が寝ていたソファーにカバーをかけて痕跡を消そうとか、そういうちょっと可愛らしい模様替えをしたりね(笑)。部屋が生きている感じがするし、時間の経過を感じられます。
串岡:茄子田家も同じように、綾子さんが出て行ってから千恵(=姑)さんの雑さが出て、洗濯物が置きっぱなしになっているなど、生活の中身が変わったという表現で飾ったものはありますが、家具のレイアウトを変えたりはしていないですね。
――ドラマには"カレーショップこまち"という憩いの場が出てきますが、こちらのお店のセットについても伺えますか?
串岡:お店のテーマは"街の中にありそうな癒し空間"です。両家がギスギスしている話なので、このお店だけはちょっと"ほっこり"できるような場所になるといいなと思いながら作っていきました。
――カフェ巡りをするなど、アイデアの参考にしたお店はあるのでしょうか?
串岡:ドラマの舞台になっている鎌倉をロケハンしながらイメージを膨らませつつ、あとは家の近所のよく行くカフェなどからモチーフを拝借しました。
――そう考えると、イメージを具現化する意味でも、日頃の観察眼が大事ですね。
串岡:はい、それは思いました(笑)。"こだわり"は、お店の中にチラリズムでサーフボードが置いてあること。マスターは鎌倉のサーファーという設定なのと、演じている駿河太郎さん自身も、実際にサーフィンをするとプロフィールに書いてあったので、「だったらボード置いちゃおう」と。ドラマには全く関係ないんですけど、トッピングとして入れたら面白いかなと思ったので。
――自身の趣味の物が置いてあると、演じる役者さんもうれしく思うでしょうし、セットでありながら自分のスペース感が増して、愛着も湧くのでは?
青木:もちろんそうですが、「その役を"誰"が演じるか」というのが、すごく大事。視聴者にはあたかもその人が作ったお店に見えないといけないし、もしも違う役者さんが店主だったら全然違う雰囲気のお店になるはず。ユースケさんや玉木さんだったら、サーフボードは置かないでしょうね。当て書きではないけれど、なるべく違和感のないように作るのが美術の仕事なので、それは当たり前のようにやっていることですけど。
串岡:あと、衣装合わせもすごく大事だなと思いました。最初の衣装合わせの時に、駿河さんから「今回、こういう服装がいいです」という話があったので、「じゃあ、ソムリエ風のエプロンではなく、前掛けで素朴な感じの雰囲気を出しましょう」となりました。
――美術の仕事は美術スタッフだけで完結しているわけではなく、事前に各部署とのすり合わせが大事なんですね。ひとつのドラマが動き出すまでに、これだけ細かい作業があるとは知りませんでした。
青木:一般の方には、なかなか分かり難い仕事ですからね(苦笑)。よく「台本とか読むんですか?」って言われるんですけど、私たち美術スタッフは「家作ってください」って言われて適当に作っているわけではないですから。全て台本ありきで、書き込みで真っ黒になるぐらい読み込んで作っているんですよ。
――そうして苦労して作り上げた部屋を、オンエアで初めて見た時の気持ちはどうでしたか?
串岡:感動でした!「あ、映ってる~!」と思いました(笑)。ずっと撮影現場で見ているとわからなかったけれど、編集されると、いろいろな角度から切り替わって見られるので、「こうやって見えるんだな」と思いましたし、勉強になりますね。僕は今回、初めてドラマにデザイナーとして参加したので、喜びもひとしおです。
(C)TBS
- 1