手術支援ロボット"ダーウィン"は実在する?

2018年5月20日(日)にTBSで放送された日曜劇場『ブラックペアン』に、ロボットが手術をするシーンがある。
このロボットは、作中では"ダーウィン"と名付けられている。実は、このロボットは実在していて、本当の手術室でも使われており、現役外科医である私の勤める病院にも、実際にこのロボットは導入されている。

正式名称は、ドラマと異なり、「ダ・ヴィンチ」だ。15世紀の画家で、映画「ダ・ヴィンチコード」でも名が使われたレオナルド・ダ・ヴィンチから名前が取られている。レオナルド・ダ・ヴィンチは画家であったが、人体の構造を解明する研究をしたことで医学界では知られている。その功績をたたえ、手術ロボットに名付けられたという。
1999年にアメリカで販売が開始となってから、現在世界では約4,000台、日本では約250台がすでに使われている(2016年9月末現在)。

この手術ロボットは、正確には手術「支援」ロボットと呼ばれている。誰を支援しているかというと、手術をする外科医を支援している。このロボットは、スイッチを押すと動き出し、患者さんの体を切って手術を自動で終わらせるというものではない。あくまで手術をする外科医の「ウデ」である技術を跳ね上げさせる機能を持っているのだ。

"ダーウィン"はなにがすごいのか?

ダ・ヴィンチ、つまり作中での"ダーウィン"は本当にすごい。筆者はこのマシンを使って模擬手術をしたことがあるが、これは本当にすごいのだ。

まず、外科医の「目」が格段に良くなる。

私が普段やっている腹腔鏡手術では、外科医はカメラで映された患者さんの体の中をモニター画面越しにしか見ることができない。モニターは2Dだから、奥行きなどが直接見るよりもはるかにわかりづらい。その点、ロボット手術では3Dカメラが搭載されている。これは外科医にとって本当にありがたいことだ。奥に重要な血管や傷つけてはいけない神経があっていままで「恐る恐る」切っていたところが、自信をもって切れるようになるのだ。

さらに「手先が器用になる機能」が搭載されているのだ。これは「手ブレ防止」と「モーションスケール」という二つの機能だ。

一つ目の「手ブレ防止機能」は、外科医の手が細かく震えても、実際の患者さんの体の中では全くブレないというもの。手術とは、人間がする「手」の「術」なので手がブレるのは当然だ。しかし手術によっては、1mm以下の細かい作業が要求されるシーンもあるので、ブレたせいで出血したり損傷を起こしたりすることはある。ドラマ中でも、米粒に極小の文字を書くシーンがあるが、あのようなことは実際に可能だと思う。

二つ目の「モーションスケール」、これがまたすごい。どういうことかと言うと、「外科医が手元で3センチ動かすとロボットの手は1センチ動く」という設定ができるのだ。これはつまり、人間の手の動きよりはるかに細かい動きが可能になることを意味する。

これらの機能のおかげで、不器用な外科医であっても器用になれる。おまけに柔軟な関節があり、例えばカメラで狭いところを覗き込んで、下から上に切っていくなど、最適な角度からアプローチすることができるのだ。

また、普段の手術では、立ちっぱなしで手術をする。外科医は慣れているが、それでも筆者は6時間を超えるような長い手術では、かかとが痛くなり疲れてくる。

その上、手術中はずっと腕を動かしており、時にはかなり力を入れることがある。手術中に腕がつることもあるほどだ。途中疲れて休憩する外科医はいないから、長時間手術のあとは脚も腰も肩もガチガチにこってしまう。しかしロボット手術では、執刀医は座っているためかなり楽に執刀できるのだ。外科医にとって快適な環境は、手術の質を上げるだろう。

現役外科医は"ダーウィン"をどう思っている?

日本の現役外科医は、この"ダーウィン"をどう思っているのだろうか。数年前までは、ごく一部の外科医だけが"ダーウィン"を使ったロボット手術を行っていた。なぜなら、2億円以上はすると言われている初期費用に加え数千万円のランニングコストがかかるため、それほど普及していなかったのだ。そして保険適用になっていた前立腺がんの手術をする泌尿器科医以外にとっては、「様子見」といったムードだった。しかし、今年(2018年)に入り突然、12種類の手術が保険適用になったことで、じわじわと普及が広がっていくのではないかと筆者はみている。今回のドラマでの「ダーウィン」登場による知名度向上もその後押しをしていくだろう。

"ダーウィン"のようなロボット手術には、もちろん欠点はある。触覚がない、機械トラブルの可能性などだ。こういったリスクについては、これから業界全体で検証していくことになるだろうが、注目のテクノロジーであることは間違いない。

(参考)
日本ロボット外科学会ホームページ
Intuitive Surgical社ホームページ