「ヂャジャン麺より君が好き」――。これはジュノ(2PM)主演の人気ドラマ『油っこいロマンス』(2018年)のキャッチコピー。ヒロイン役のチョン・リョウォンが、あきれ顔のジュノに構うことなく「わあ、今年初めてだ。うまい!」と真っ黒なヂャジャン麺(짜장면=韓国式ジャージャー麺)をバクバクと頬張る姿が印象的だ。

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日本人にはあまり馴染みのない「韓国式中華」店は、ソウル中心部から田舎の農漁村までどこにでもある。2010年に北朝鮮から砲撃を受けた、韓国本土から遠く離れた黄海に浮かぶ延坪島(ヨンピョンド)にも中華食堂だけは夜遅くまでしっかり営業していた。そんな韓国式中華の店で断トツの人気を誇る「国民食」ヂャジャン麺は、数多くの韓流ドラマや映画を引き立てる"名脇役"を担っているのだ。

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黒いソースが周囲に飛び散るのも気にせずグチャグチャとかき混ぜ、箸に巻き付けながらほお張る。ドラマや映画に出てくるアジョシ(おじさん)はもちろん、外見に気配りを欠かさないアガシ(若い女性)も、なぜかヂャジャン麺だけは豪快に大口を開けてかきこむのがお決まりだ。日本でも大ヒットしたドラマ『コーヒープリンス1号店』(2007年)のオープニング。ユン・ウネ演じるボーイッシュなウンチャンが屈強な男を相手にヂャジャン麺の大食い競争に挑み、口の周りを真っ黒に汚しながらペロッと食べ勝つシーンが印象的だった。

黒いソースは豚肉や玉ねぎ、みじん切りのニンニクや生姜を甘い黒味噌(チュンジャン)で和えて炒めて作り、仕上げは水溶き片栗粉でとろみを付ける。麺とソースを別の器で出す場合もあるが、多くの店はモチモチの太麺に黒いソースをたっぷりかけ、細切りのキュウリやグリーンピースを上に乗せて出てくる。

ヂャジャン麺の醍醐味は、かき混ぜ方にある。箸を両手に一本ずつ持って、麺を底からドバっと持ち上げる「天地返し」をしながら一心不乱に混ぜ続けてこそ、美味しさに出会えるのだ。その間、黒いソースが服に飛んでも気にしてはいけない。韓国の料理でB級グルメの筆頭とされる所以だ。ある友人は「汚れるのを気にするような奴はヂャジャン麺を食べる資格がない」と言い切っていた。

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付け合わせの定番は、黄色いタクワン(タンムチ)と辛い生の玉ねぎ。酢をひとかけして甘いチュンジャンに付けて食べれば、甘い麺を平らげる途中でお口直しの良いパートナーとなる。韓国料理に欠かせないキムチは、ソウルの韓国式中華店であまり見かけない。

韓国式中華メニューといえば、チャンポンやタンスユック(甘酢タレをかけた酢豚)、カンプンギ(ピリ辛ダレの鶏唐揚げ)、クンマンドゥ(揚げ餃子)なども有名だ。個人的には赤いスープの旨辛チャンポンが大好きだが、ヂャジャン麺の一番人気は揺るがない。肉料理や餃子はあくまで脇役に甘んじている。

ヂャジャン麺が「国民食」となった理由の1つは、「価格の優等生」と呼ばれる安さにある。イカやエビなど海産物入りのサムソン(三鮮) ヂャジャンや、唐辛子入りのコチュヂャジャンなど派生メニューは高めだが、いまでも平均的なヂャジャン麺の価格は5千ウォン(約480円)程度だ。

その背景には諸説あるようだが、価格統制があったからという見方に説得力がありそうだ。軍事政権下の1980年代まで政府が価格を統制し、民主化した1990年代以降も「価格を監視する生活必需品」の1つに選ばれていたという。

それでも昔は、一般庶民にとって外食自体が「ハレの日」の特別なイベントだった。50代の知人男性は「卒業式とかお祝いの日に、ワクワクしながら家族でヂャジャン麺を食べに行った」と懐かしそうに話す。

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高度成長期を経て生活水準が上がると、ヂャジャン麺はペダル(配達=出前のこと)で食べる機会が増えた。ドラマ『プロデューサー』(2015年)には、引っ越ししながら出前のヂャジャン麺を食べるシーンがある。ラップをかけたジャジャン麺の皿を激しく振ればかき混ぜる手間も省け、せわしない引っ越しの途中には最適だ。

ドラマに出てくるビリヤード場やネットカフェ(PCバン)でも、出前といえば必ずヂャジャン麺が登場する。邦画やドラマの刑事モノでは、出前のカツ丼を容疑者に見せながら「全部吐けば食べられるぞ」と自白を迫るシーンが思い浮かぶ。韓国ドラマや映画の場合、この小道具は決まってヂャジャン麺となる。

韓流のもう一つの定番であるフライドチキン(『なぜチキン? 韓流の「隠し味」に迫る』参照)と同じく、ヂャジャン麺は家の外から出前を頼むことが可能だ。冬ソナで有名な女優チェ・ジウがドラマ『天国の階段』(2003年)で演じたチョンソは、ヂャジャン麺の出前を公園から頼んでテファ(シン・ヒョンジュン)と食べている。

ただ、このシーンを観た韓国人(の一部)は「ああ、この2人は恋人になれないな」とピンと来たらしい。みんな大好きな国民食のヂャジャン麺が、なぜ「恋人になれない暗示」となるのか?その謎を解くカギが4月14日にあった。

この日は2月14日のバレンタインデー、3月14日のホワイトデーから派生し、韓国では「ブラックデー」として有名になった。2、3月の記念日に恋人ができなかった寂しい友達同士で集まり「ブラック」なヂャジャン麺を食べてうっぷん晴らしをしようという趣向で、「この日にヂャジャン麺を食べなければ一生恋人ができない」という脅し文句もあるそうだ。

一方で「この日にヂャジャン麺を食べていると『私はフリー』という宣言になるので、新たな出会いのきっかけにもなるらしい。記念日好きの韓国では、2、3、4月以外も「毎月14日」に恋愛絡みのイベントが並ぶ。

5月14日は恋人にバラを贈る「ローズデー」で、この日はまだまだ恋人ができない友達同士でカレーを食べる「イエローデー」(昔ながらの韓国カレーは黄色のため)でもある。6月はキスデー、7月はシルバーデー(銀製品)、8月はグリーンデー(一緒に森林浴)、9月はフォトデー・・・などもあるらしい。なにやら業界のマーケティング戦略の匂いもプンプンしてくるが、韓国のカップルといえば互いの誕生日や付き合い始めた日にとどまらず「100日記念日」ごとにお祝いしてしまうだけあって、妙に納得してしまう。

こんな事情もあって、これからも国民食ヂャジャン麺は韓流ドラマや映画に欠かせない小道具であり続けるのだろう。

(文:日本経済新聞 元ソウル支局長 山口真典)

『油っこいロマンス』(字幕版) (C)SBS
『コーヒープリンス1号店』(字幕版) (C) MBC, iMBC, All Rights Reserved.
『プロデューサー』(字幕版) (C)KBS media