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2020年2月に行われた第92回アカデミー賞で、非英語作品初の作品賞に輝き、脚本賞、国際長編映画賞、監督賞まで総なめにした韓国映画『パラサイト 半地下の家族』。
今や世界の映画となり、米国ではドラマ化も決まったとか。もちろん、韓国でも19年5月の公開から観客動員数1000万人を突破する大ヒットとなり、人気のロケ地探訪コースまでお目見えしている。

"パラサイト一家"が住んだ町とは、どんな町なのだろう。訪ねてみた。
今回歩いたのは、「ウリスーパー」がある「阿峴洞(アヒョンドン)」。最寄り駅はソウル市庁から地下鉄でひと駅、ソウル市の中心部にある。ちなみに「洞」は韓国語で町という意味だ。

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「ウリスーパー」は、ギテクの息子・ギウが同級生から家庭教師の話を持ちかけられた場所。悲劇はここから始まった。娘のギジョンが桃を手に入れるのもこの店だ。その桃を持ってギジョンが上る急階段もこのスーパーの近くにある。余談だが、ギウに家庭教師の話を持ちかけた同級生は、最近人気のドラマ『梨泰院クラス』で主役を務めたパク・ソジュンが演じている。
最寄り駅からてくてく歩いて7~8分ほど。勾配の急な坂をえっちらおっちら上っていくと、坂のちょうど真ん中あたりに店が見えてきた。

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正面に立つと、年季の入った看板といい、軒先に並べられている棚といい、なんともシュール。韓国人の知り合いに聞くと、1970~80年代くらいの佇まいなのだそうだ。日本でいえば昭和の雰囲気といったところか。

本来のスーパーの名は「テェジ(豚)スーパー」だ。韓国では豚はかわいらしいイメージで、さらにはオカネを運んでくれる縁起のよい動物。商売を始めるときは豚の頭を飾って、お祝いに訪れた人々が豚の口にお札を入れて店開きを祝ったりする。

スーパーの横の壁には、『パラサイト 半地下の家族』がアカデミー賞を受賞した時の写真が横断幕になってかけられていて、記念撮影ができる場所まで用意されていた。

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店主のイさんが言う。

「もう世界各国から観光客が来ましたよ。でも、日本からの観光客が一番多かったかな。今はコロナで来ませんけど。撮影は2週間ぐらいしていました。(道路の反対側を指して)不動産屋の横にテント張って、映画の監督さんってメガホン持って、大声出して、じっと座っているだけだと思ったら、ポン・ジュノ監督は歩き回る、歩き回る。いろいろ細かく指示だしていて、へえ、監督さんって動き回るんだなあ、なんて思って見ていました」

撮影したのは2年前の18年5月。スタッフがソウル市内からいくつも選んだ候補地のひとつだったそうだ。

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イさんが阿峴洞に移り住んだのは45年前。店を構えたのは36年前からだという。

「当時(70~80年代)、このあたりは低い韓屋(ハノク、瓦屋根の平屋)ばかりだったのが、住宅不足とやらで韓屋を壊して連立住宅(ビラともよばれる低層アパート)に次々に代わっていきました。半地下はこのあたりにもいっぱいありますよ。防空壕? そんな話は知らないけど、連立住宅を建てたときに駐車場として作ったのが、当時は車を持っている人なんて少ないでしょ。だから、家主が役所の許可をとって部屋にしちゃったっていう話はたくさん聞きましたね。みんな古い建物ですよ。今は再開発を待っている状態です」

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半地下ができた背景は諸説ある。北朝鮮の工作員が韓国の大統領府「青瓦台」を奇襲した事件(1968年)が起き、当時の朴正熙大統領が来たる対北戦争に備えて防空壕として作らせたという説や、80年代の高度成長期に入りソウルに人が集中すると住宅不足が深刻となり、そのためにできた産物だ、とか。いずれも正確なところは分からないが、イさんの話は後者のようだ。

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起伏の多いソウルでは、勾配のある一帯に韓屋が数珠のように連なって並ぶ町を「タルドンネ(月の町)」と呼んだ。なんとなくロマンチックな響きもあるが、月が上がってくると最初に見られるほど不便な高台にあって、建物が低いため月の光に煌々と照らされることを皮肉ってそう呼んだそうで、貧しい集落という意味合いがあった。

しかし、それも今は昔。韓屋は低層アパートへと代わり、それがさらに『ジャックと豆の木』のごとく、上へ上へと伸びて、ソウル市内は高層マンションやビルが建ち並ぶ町に刻々と変貌を遂げている。

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ここ「阿峴洞」も例外ではないそうで、

「10年前くらいに再開発の話が持ち上がって、ようやく現実化してきている」

そんなことをイさんは言っていた。
ソウルは韓国の全人口のおよそ5分の1の人が住んでいる、まさに一極集中都市。住宅不足が続いていることなども背景に、限られた土地から最大の利益を生み出すために、地主とディベロッパーによって再開発がどんどん進められているのが現実だ。
近くの不動産屋で話を聞いてみると、開発地区となっているここには2700戸ほどがあって、坂のてっぺんあたりの家でも、なんとひと坪1000万円くらいすると聞いてびっくり! いやあ、失礼ながら、タイムスリップしたような古い町並みに、いくら市内中心部とはいえ、そんなにするとは想像もしていなかった。  

「再開発を前に価格が2年前頃から急騰していて、今じゃ再開発を狙って投資したいという人はうじゃうじゃいますが、売り手がいない状態。このあたりの平均の坪単価は5000万ウォンから1億ウォン(約500万~1000万円)、もしくはそれ以上しますから、昔から住んでいる人は再開発をじっと待って、まとまったおカネはこどもたちに残して、自分たちは郊外へ引っ越す人が多いんです」(阿峴洞にある不動産屋)

半地下を借りている人はさまざまだが、若い層もけっこういるという。

「ここはオフィス街にも近い場所ですから、おカネをセーブしようと借りる人も多いし、映画にでてくるような家族が住めるような広い半地下はあまりありませんからね。このあたりの半地下はチョンセで5000万ウォン(約500万円)。政府からの貸し出し支援もでますが、ある程度の余裕がないと借りられませんね」(同)

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チョンセ(伝貰)は過去の金利が高かった頃に定着した韓国独特の賃貸システムで、つまりは保証金のようなもの。入居時に一括で支払えば管理費のみで月の家賃はなく、退去時には全額返金される。家主はこのチョンセを運用して収益を出す仕組みなのだ。ただ、金利が下がってきた最近はウォルセ(月貰)と呼ぶ月の家賃にシフトしているところも増えている。

「坂の向こう側はもう再開発が終わっていますよ。ここもあんな風に変る予定。映画では貧困の家族が住む町のロケ地になりましたけど、こう見えても実際は再開発が予定されているので、このあたりに家がある人たちはお金持ちなんですよ」(同)

そんなことを言われて、とりあえず、さらに坂をのぼってみた。
てっぺんが近づくに連れ、高層マンションがどんどん迫ってくる。のぼりきるとソウル駅も視野に入る一帯には高層マンションが林立していた。坂をそのまま下っていくと、建ち並ぶお店も図書館などもピッカピカ。たまたまなのか、マンションからはBMWやベンツなどの外車が立て続けに出て行った。

「ウリスーパー」のある町も、いずれはこんな姿に変わってしまうのだろう。てっぺんを境に広がった、まったく異なる風景を見ながら、ふと思った。

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ポン・ジュノ監督は「映画で『格差社会』を描いた」といわれたが、格差を生み出す「社会の妙なカラクリ」という現実に存在する仕組みをコメディやスリラーという側面から描こうとしたのかもしれないなあと。

ギテク一家の町のリアルな反転。
もう一度、映画を見なくては!

それにしても、米国ドラマでは「半地下」をどんな風に描くのだろう?

(文・写真:ノンフィクションライター 菅野朋子)

◆配信情報
『パラサイト 半地下の家族』
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