1999年に世界は滅ばなかった

<1999年7か月、空から恐怖の大魔王が来るだろう>、その一文を"世界の終わり"或いは"人類の滅亡"と信じた世代がある。1973年に出版されベストセラーとなった「ノストラダムスの大予言」は、16世紀ルネサンス期のフランスで医師・占星術師だったミシェル・ド・ノートルダムの詩集を参考にした書籍。彼の人生を詩に照らし合わせながら独自に解釈することで、<1999年7か月、空から恐怖の大魔王が来るだろう>という一文を<人類を滅亡させる何かが起こるだろう>と意訳・解釈させたのだ。

ちなみに、ミシェル・ド・ノートルダムのペンネームが"ノストラダムス"。この"大予言"は社会現象ともなり、中野昭慶を特技監督に迎えた舛田利雄監督の『ノストラダムスの大予言』(74)として映画化もされている。"大予言"に対してはさまざまな検証が行われ、後に「限りなく創作に近い」との見解が支持されているが、ここでは問わない。

当時の広告には<150万部突破 戦後15冊目のミリオンセラー>との惹句を確認できる(最終的な発行部数は209万部と記録されている)が、最も"大予言"の影響を受けたのは、件の書籍を読んでいない当時の子どもたちだった。繰り返し制作されたテレビの特番で"人類滅亡"の恐怖を煽られ、放送翌日の教室では、四半世紀先の未来に対する不安で泣きだす生徒もいた。それはそうだろう、子供にとっては余命宣告のようなものなのだから。かくいう筆者も"世界の終わり"或いは"人類の滅亡"と信じた世代なのだ。

現代の視点からすると馬鹿馬鹿しいように思えるが、1973年は石油ショックによる不景気が深刻化し、公害が社会問題となっている中で光化学スモッグの発生数がピークを迎えていた時代。トイレットペーパーが店頭から消え、スモッグの発生でサイレンが鳴ると外出禁止になっていたという状況は、どこか新型コロナウィルスの不安に陥る2020年の状況にも似ている。社会的なリアリティを伴った不安は、大言壮語な"大予言"を信じるに必要十分条件を満たしていたのだ。

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しかし、1999年に世界は滅ばなかった。その頃には既に、誰もが"大予言"など信じていなかったし、四半世紀という年月は"ノストラダムス"の名前さえ知らない世代を生み出していた。にも関わらず、1999年の洋画配給収入を制したのは、"人類滅亡の危機"を描いた作品だったという点は興味深い。

【1999年洋画配給収入ベスト10】
1位:『アルマゲドン』・・・83億5000万円
2位:『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』78億円
3位:『マトリックス』・・・50億円
4位:『シックス・センス』・・・43億円
5位:『ハムナプトラ/失われた砂漠の都』・・・18億円
6位:『アイズ ワイド シャット』・・・17億5000万円
7位:『ジョー・ブラックをよろしく』・・・14億円
8位:『ラッシュアワー』・・・12億円
『恋に落ちたシェイクスピア』・・・12億円
『エリザベス』・・・12億円
9位:『ユー・ガット・メール』・・・11億5000万円
   『バグズ・ライフ』・・・11億5000万円
10位:『ノッティングヒルの恋人』・・・10億5000万円
(※ 現在は興行収入として計上されているが、当時は配給収入として算出)

ブルース・ウィリス主演の『アルマゲドン』(98)は、これが長編映画3作目だったマイケル・ベイが監督。脚本を手掛けたのは『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(15)や『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』(19)を監督することになるJ・J・エイブラムス、錚々たる面々だ。日本では1998年の正月映画として公開され、翌年にかけて上映されたため1999年度の配給収入に計上されている。

小惑星が地球に落下し、人類が滅亡するという危機を描いたこの映画は、アメリカで1998年の7月に公開されているが、その2ヶ月前には似たような内容の映画が公開されている。彗星の衝突によって人類が滅亡するという、ミミ・レダー監督による『ディープ・インパクト』(98)は、日本でも47億2000万円を稼ぎ出す大ヒットを記録。1998年の洋画年間配給収入では『タイタニック』(97)に次ぐ第2位となった。この2本は日本のみならず、世界中でヒットを記録している。人々は「"大予言"は当たらない」と悟ったはずなのに、わざわざ対価を払ってまで人類滅亡の危機を描いた映画を観に映画館へと足を運んだのである。

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なぜ人々は人類の滅亡を描いた映画を観るのか?

1999年に人類は滅亡しなかったが、代わって「Y2K問題」=「2000年問題」が世間を騒がせるようになった。西暦が1900年代から2000年代に変わる瞬間、世界中のコンピューターが西暦を認識できない可能性があると懸念されたからだ。日付のデータを下2桁で処理していたため、1999年から2000年に変わった瞬間、2000年を1900年と認識するのではないか?という不安が世界中に広がったのだ。もしそうなれば、停電が起こったり、飛行機が操縦不能になったり、はたまた、ミサイルシステムの誤作動で核戦争の危機さえ起こるのではないかとも噂されていた。このこともまた、1999年の"世紀末"という雰囲気が、人々の不安を増殖させたのだと考えられている。

例えば、医療機関では停電に備えて医療機器が停止しないよう2000年に変わる瞬間に人員を配置していると報道されていたのだが、かくいう筆者も、カウントダウンイベントの生中継に従事していたため、会社からの注意喚起があった。中継カメラを回しつつ「そんなことはないだろう」と高を括りながらも、若干の不安を覚え、2000年に変わる瞬間には内心ドキドキしていたという思い出がある。個人的には"ノストラダムスの大予言"よりも、ずっとリアリティのある"人類の危機"だったのだ。

そんな時代を象徴するかのように1999年にはキアヌ・リーヴス主演の『マトリックス』(99)がヒットしている。ネタバレを恐れずに言及するなら、この映画も『アルマゲドン』や『ディープ・インパクト』と同様に、"世界の終わり"や"人類滅亡"を描いた作品だった。この映画の設定が、コンピューターの反乱によって人間社会が崩壊した末に構築された仮想現実の世界であるという点では、"世界の終わり"を回避できなかったというより強い絶望感がある。

また、1999年の映画興行は『シックス・センス』(99)がヒットしたことからもわかるように、ブルース・ウィリスの年であった。ハーレイ・ジョエル・オスメント演じる少年コールの「僕には死んだ人たちが見えるんだ」という名台詞が示すように、この映画もまた"死"がモチーフの決して明るくない映画だ。来たる21世紀に向かう1999年は確かに"世紀末"なのだが、現代の視点からすれば、人類滅亡だったり、死をモチーフにしたりする映画を好んで観に行った当時の観客はどこか「明るくない未来を期待していたのではないか?」とさえ見える。

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ちなみに2020年も人類滅亡の危機にあるとされている。マヤ暦によると、2020年3月20日にオリオン座のベテルギウスでスーパーノヴァ(超新星)が起き、その大爆発によって放射された高エネルギーのガンマ線が地球のオゾン層を破壊。その影響で地上の気温が急激に上昇し、地球上の生物が焼き尽くされるのだという。さらに、2020年3月20日という日付は、インド暦の終わりとも一致する不気味さを帯びている...らしい。結局"ノストラダムスの大予言"は外れたし、"Y2K問題"でもたいしたことは起こらなかった。いま、この文章を読んでいるということは、当然、マヤ暦による2020年の"予言"も戯言だったということがわかる。

では、なぜ人は対価を払ってまで、望まない人類滅亡を描いた映画をわざわざ観に行ったのか? それはどこか「就寝前に玄関の鍵を確認する」行為に似ているような気がする。安心するための確認、或いは「そうなりませんように」という祈りにも似たもの。悲しいかな、人間なるもの過去の教訓をなかなか生かせないでいる。例えば、石油ショックの教訓など何処へやら。新型コロナウィルスに対する不安は、店頭からトイレットペーパーの姿を再び消し去っている。目に見えない不安は、静かに社会を揺るがし、やがて人々を利己的にさせてゆくものだ。小惑星の落下によって「自分が死ぬと判らないうちに死んでしまう」という一瞬の出来事よりも、いつ来るか判らない不安の末に起こるであろう混乱の方が、遥かに現実味を帯びた(個人に降りかかる)恐怖だからだ。

(映画評論家・松崎健夫)

【出典】
・「キネマ旬報ベスト・テン90回全史1924−2016」(キネマ旬報社)
・「キネマ旬報 2000年2月下旬決算特別号」(キネマ旬報社)
・「ノストラダムスの大予言」五島勉・著(祥伝社)
・『ノストラダムスの大予言』劇場パンフレット
・日本映画製作者連盟 http://www.eiren.org/toukei/1999.html
・独立行政法人 環境再生保全機構 https://www.erca.go.jp/
・BOX OFFICE MOJO
 Armageddon https://www.boxofficemojo.com/release/rl2973926913/
Deep Impact https://www.boxofficemojo.com/release/rl3444344321/