そして、バーチャルな感覚が一般的になった

ご飯を食べさせ、お風呂に入れる。せがまれれば、トイレにも連れてゆく。でも一番楽しいのは、一緒に遊んでいる時だ。そんな世話を四六時中しなければならないという"あるモノ"が、大きな宣伝を展開することもなく1996年(平成八年)11月に発売された。当時、筆者はタワーレコードのレジ横に置いてあった"あるモノ"をたまたま見つけ、その物珍しさに購入。取材先で、その"あるモノ"を見せると会話が弾んだという思い出、或いは、仕事中にも関わらず"あるモノ"の世話をしたという(今から思うと懺悔すべき)記憶がある。これまでにない物珍しさは"口コミ"による話題を呼び、数週間後には"あるモノ"が日本全国の店頭から姿を消した。そして、長く、それは、それは長きにわたって、品切れ状態が続くことになったのだった。

その"あるモノ"とは、日本中の子どもから大人までを熱中させ、社会現象ともなった、キーチェーン型ゲームの"デジタル携帯ペット"「たまごっち」のことである。この品切れ状態は、翌年、さらに翌々年になっても解消されず、市場には類似品が溢れかえる状態になっていたことを覚えている方も多いのではないだろうか。新品は高値で取引されるなど、その熱狂ぶりはテレビで何度も取り上げられ、飢餓感を煽られたことから、いわゆる"バッタもん"でさえも飛ぶように売れたという。

当時は前年にWindows95が発売されたばかりという、インターネットがまだそれほど普及していなかった時代。人々は"人脈"というネットワークをフル活用して、「あの玩具屋で○個入荷する」とか「コンビニ予約が手に入られやすいらしい」など、「たまごっち」をゲットするための情報が行き交っていた。その情報源は、先んじてインターネットにアクセスし、個人サイトを立ち上げた人々による新たな"口コミ"とも解せる情報交換だったと言われている。また、「価格0円」を謳い文句にすることで本体価格が下がり、携帯電話が一般的にも広く普及するようになるのは1997年になってから。まだメール機能のないPHSや携帯電話、或いは、ポケベルといったツールも、これまでにない新たな"口コミ"を生んだのだと指摘されている。さらに、「たまご」+「ウォッチ(腕時計)」を由来とする「たまごっち」に時計機能が付いていたことは、携帯電話が普及するに従って腕時計を持たない人たちが増えてゆくようになることとも無縁ではない。

「たまごっち」の中で育ってゆくキャラクターは、"疑似的なペット"という要素を持っていた。プログラムされたものであるはずなのに、まるで液晶画面の中で生きているかのような錯覚を覚えるという、このバーチャルな感覚。"実感"を伴わない"曖昧"さを社会的に導かれた時期が平成七年前後だったことは、前回(※https://plus.paravi.jp/culture/005322.html)指摘したが、『ターミネーター2』(91)や『ジュラシック・パーク』(93)など、コンピューターによってプログラムされたCGによる映像の革命もまた平成の初めだった。その経緯は平成二年で(※https://plus.paravi.jp/culture/002510.html)指摘した通り。

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『トイ・ストーリー』はメガヒット映画ではなかった

まず、1995年(平成七年)のアメリカ国内における興行収入の年間トップ5を紐解くと、『トイ・ストーリー』(95)が1位に輝いていたことが判る。

【1995年アメリカ国内年間興行収入ベスト5】
1位:『トイ・ストーリー』・・・1億9179万6233ドル
2位:『バットマン フォーエヴァー』・・・1億8403万1112ドル
3位:『アポロ13』・・・1億7207万1312ドル
4位:『ポカホンタス』・・・1億4157万9773ドル
5位:『ジム・キャリーのエースにおまかせ!』・・・1億838万5533ドル

1995年11月22日に北米で公開された『トイ・ストーリー』は、全世界で3億7355万4033ドルを稼ぎ出し、世界興収においてもこの年の1位となった。一方の日本では、遅れること5ヶ月、1996年3月23日に公開されたため1996年度の興行収入として算出されている。

【1996年洋画配給収入ベスト10】
1位:『ミッション:インポッシブル』・・・36億円
2位:『セブン』・・・26億5000万円
3位:『ツイスター』・・・23億円
4位:『イレイザー』・・・17億円
5位:『ザ・ロック』・・・14億円
6位:『ベイブ』・・・12億5000万円
7位:『ノートルダムの鐘』・・・12億円
8位:『12モンキーズ』・・・11億円
9位:『ジュマンジ』・・・11億円
10位:『007/ゴールデンアイ』・・・10億円
(※ 現在は興行収入として計上されているが、当時は配給収入として算出)

ここに、『トイ・ストーリー』のタイトルは見当たらない。当時の「キネマ旬報」誌には、「アメリカでは社会現象にまでなり、95年最高の興収をあげる程話題になっていたが、日本では予想外の苦戦」と記されている。日本での最終的な配給収入は9億円だった。続編となる『トイ・ストーリー2』(99)は日本での興行収入が34億5000万円で年間3位、『トイ・ストーリー3』(10)は興行収入108億円でこちらも年間3位。後に製作されたシリーズがメガヒット作品であったことを考えると、『トイ・ストーリー』が年間の上位10本に入っていなかった事実は意外に思えるだろう。ディズニーが配給する作品としては『ノートルダムの鐘』(96)の方がヒットしているのである。実は、『トイ・ストーリー』の1作目は、思ったほど日本でヒットしなかったのだ。その理由のひとつとして、当時の記事では「最新テクノロジーに対する日米観客の根本的な興味の相違」が挙げられていた。果たして、本当にそうだったのだろうか。

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平成に生まれた人気作品の起点は平成八年にある

『トイ・ストーリー』の日本公開が3月23日だったことは、春休み興行を狙っての戦略だったことを窺わせる。つまり、大人以下の入場料に設定されている観客層を、主な観客と想定していたのだろう。ところが、この年の春休み興行はアニメ作品が乱立していたのだ。

【1996年日本映画配給収入ベスト10】
1位:『ゴジラVSデストロイア』・・・20億円
2位:『Shall we ダンス?』
   『ドラえもん のび太と銀河超特急 他』
   『学校の怪談』・・・16億万円
5位:『スーパーの女』・・・15億円
6位:『男はつらいよ 寅次郎紅の花 他』・・・11億6000万円
7位:『ガメラ2 レギオン襲来』・・・7億円
8位:『クレヨンしんちゃん ヘンダーランドの大冒険』・・・6億5000万円
9位:『7月7日、晴れ』
   『学校II』
   『ゲゲゲの鬼太郎 大海獣 他』
   『スレイヤーズRETURN 他』
   『スワロウテイル』
   『ドラゴンボール 最強への道 他』
   『美少女戦士セーラームーンSuperS セーラー9戦士集結!ブラック・ドリーム・ホールの奇跡 他』
   『八つ墓村』
   『わが心の銀河鉄道 宮沢賢治物語』・・・6億円
(※ 現在は興行収入として計上されているが、当時は配給収入として算出)

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上記作品のうち、『ドラゴンボール 最強への道』(96)と『ドラえもん のび太と銀河超特急』(96)が3月2日に公開、さらに『クレヨンしんちゃん ヘンダーランドの大冒険』(96)が4月13日に公開されている。これらアニメ激戦区の中で、配収9億円を記録した『トイ・ストーリー』は、第1作目だったという当時の作品知名度(ピクサーという会社の名称も一般的には知られていなかった)から考えると、健闘した方だったとは言えないだろうか。

『トイ・ストーリー』は、1996年11月1日に、日本でもセルビデオが発売された。その出荷本数は、破格の190万本! 平成二年で解説した『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(85)の例と同様、レンタルビデオやセルビデオによって作品の知名度がさらに上がったことが、続編の興行収入や観客動員に貢献したのは想像に難しくない。『トイ・ストーリー』は長編映画としては世界初のフルCGアニメーションとして話題を呼んだが、当時のCG技術では人間の肌質描写には向いていなかった。その弱点を逆手にとって、当時のCG技術で可能だった無機質な物に対する質感といった表現に特化させ、おもちゃを主人公にしたというアイディアは秀逸だったと言える。平成最後の年となった2019年に公開された『トイ・ストーリー4』(19)は、世界興収が1000億円を突破。日本国内でも100億円を超えるメガヒットとなっている(2019年9月23日現在)。

そして「たまごっち」もまた、進化を繰り返しながら、発売から23年経過した現在も全世界で販売され続けている。最新機種にはBluetoothが搭載されているという。平成八年に日本に登場した「たまごっち」や『トイ・ストーリー』は、平成という時代を横断し、令和という新たな時代を迎えてもなお高い人気を誇っている。そして偶然にも、ゲーム「ポケットモンスター」の1作目である「ポケットモンスター 赤・緑」が発売されたのも、テレビアニメ版「名探偵コナン」の放送が始まったのも同じ平成八年だったりするのである。

(映画評論家・松崎健夫)

出典:
・ 「キネマ旬報ベスト・テン85回全史1924−2011」(キネマ旬報社)
・ 「キネマ旬報 1996年2月下旬決算特別号」(キネマ旬報社)
・ 「たまごっち誕生記 超ヒット商品はこうして作られた!」横井昭裕(KKベストセラーズ)
・ 「進化するアニメ・ビジネス」(日経BP社)
・ 一般社団法人日本映画製作者連盟
http://www.eiren.org/toukei/1996.html
・Box Office Mojo
https://www.boxofficemojo.com/yearly/chart/?yr=1995&p=.htm
https://www.boxofficemojo.com/movies/?id=toystory.htm

・シネマトゥデイ
https://www.cinematoday.jp/news/N0111341