昨年10月にテレビ東京の深夜で放送されるや、瞬く間に大きな話題になった番組がある。
『ハイパーハードボイルドグルメリポート』だ。
リベリアの墓地に住む元人食い少年兵や台湾マフィア、アメリカのギャングといった"ヤバい奴らのヤバい飯"を映し、ギャラクシー賞月間賞も受賞した。
今年4月にも、ロシアのカルト教団の村や不法に国境越えを目指すセルビアの難民たちに密着する第2弾が放送され大きな反響を呼んだ。
それを演出・プロデュースしたのが、テレビ東京入社7年目( 第1弾当時 )の上出遼平。
Paraviではディレクターズ・カット版が公開され、7月16日には、第3弾も放送される。
それを記念して、上出氏が番組にかける思いや、これまでの経歴、そしてそのルーツまで話を聞いた。
『ハイパーハードボイルドグルメリポート』【ディレクターズカット版】視聴ページ
――そもそも上出さんはテレビは好きだったんですか?
上出:それが、好きじゃなかったです。恥ずかしながら、ほとんど見てない。NHKの『フルハウス』とか『おじゃる丸』は好きでしたけど(笑)。
――では、海外旅行とかは?
上出:バックパックを抱えて東南アジアを周ったりはもちろんしてました。もともと山に登る人間なので、アラスカの山に2週間籠もったりもしました。結局お前がクレイジーじゃないかって言われるのであまり人には言ってないんですが、"死ぬかも"っていう経験をするとその後に生きてる瞬間がすごく充実するんです。ボクシングをやってたりしたのもそうで、死を感じるっていうことに対する渇望があった。そう言うとヤバイ感じなんですけど(笑)。だから恐怖に対する感覚がおかしくなっているのは正直間違いない(苦笑)。
――それでなぜテレビ局に?
上出:テレビ東京に入社するきっかけにもなったのが学生時代に中国のハンセン病患者の村に行ったことなんです。感染して発症すると指がなくなっちゃったり、顔が崩れて来ちゃったり、見た目が怖い病気。日本でも昔、かかった人を隔離するという政策が行われていて、いろんな人が迫害されてました。
いまだに中国ではひどい状態が続いていて、山奥に600戸くらい隔離村っていうのがあるんですよ。そこに小学生の頃に隔離された人たちが60歳とか70歳になってなお、ギリギリの生活をされていて、もう目もほとんど見えなかったり、手足もなかったりして、まともな生活ができていない。そういうところに行って、生活の状況を改善したり、周辺の村に行って、ハンセン病は見た感じ怖いけど、ほとんど伝染らないし、発症する可能性も極めて低いっていうことを伝えていく作業をしてたんです。実際、保菌者と濃密な接触をして初めて感染し、ひどい栄養状態でやっと発症するいわゆる貧困病。いまは薬もあるから恐れることはない病気なんです。
で、その時に、ハンセン病のおじいちゃん、おばあちゃんたちとどうにかしゃべるんですよ。彼らの経験してきた悲しみとか苦しみとかって、僕らの想像を遥かに超える。「超える」とも簡単に言えないくらいに想像を超える。小学生の頃にお前は病気だって言われて山奥に連れて行かれる。まだ家族がいる家は白装束を着た国の機関の人が来て消毒液をまかれて、家族は村八分。隔離された少年は一生そこに戻れない。どんどん病気は悪化する。そんな人たちが、今日はトマトがうまいこと作れたんだとか、お前せっかくだからニワトリさばいていけよとか、そういう風に小さな幸せをかき集めて、たくましく生きて、客に対してもてなしまでする心に触れて、こういうことをいろんな人に知ってもらえないかなって。それでこの会社の入社試験の時に言ったんです。
「ハンセン病のドキュメンタリー番組は結構ある。でも誰も見てないじゃないですか。ハンセン病に興味がある人が見るだけですよね。それ意味ありますか?知ってる人が知ってることを見てそうそうって確認する番組って意味ありますか?せっかくテレビっていうみんなに届けることができるメディアがあって、面白いものをつくる腕もあって、その中でもっとそういうことがなんで出来ないんですかね?」って。
――まさにその答えが『ハイパーハードボイルドグルメリポート』ですね。
上出:だから今回、ホントにそれが7年越しで叶った。不意に、テレビが持つ、みんなが楽しめるパッケージの中に考えるべき世の中のいろんな事象をまぎれこませるっていうのを図らずもできたんです。中国のおじいちゃんやおばあちゃんに感謝してます。
――『ハイパー~』の企画書を出された時の社内の反応はいかがでしたか?
上出:この企画が通った時の企画選考のプロセスが通常とは違ってたんですよ。普通は編成局に企画書を出して編成局員がジャッジする。僕の出す企画書は何年出し続けてもダメだったんです。でも今回は制作枠みたいなのがあって、制作部の中でジャッジしなさいと。そのジャッジをしてくれたのが『YOUは何しに日本へ?』の村上徹夫Pと『家、ついて行ってイイですか?』の高橋弘樹P。ちょっとクレイジーな2人のお眼鏡にかなって(笑)。その時に言われたのが、もちろん安全対策もそうですけど、ビジュアル的にカッコいいものにしてねって。普通、バラエティの企画書って、7色くらい使ってごちゃごちゃしてるものが多いんですけど、僕のはそうじゃなくてモノトーン調のものだったんです。そういうビジュアルの新しさみたいなものも期待してくださったんだと思います。
あとは、「悪人」を描く時に、その裏に被害者がいることを絶対に忘れるなとも言われました。判官贔屓もアンチ善悪二元論も構わないけれど、被害者だけは忘れるなと。
――実際に企画が通ってどう思われました?
上出:通ったときに僕がいちばんビビってたと思います(笑)。だって企画書の最初のページから「普通のロケは最低でもスタッフ4~5人で行きますよね。それでは行けないところがいっぱいあるんです。僕が1人でカメラ抱えて行ったら入れる場所がめちゃくちゃあります。そこで僕は"物語"を撮ってこれるんです」っていう書き出し。まさか通ると思ってないので大きなことを言ってるわけですよ。「通っちまった。マジで行かなきゃいけない・・・・・・」って。
――『世界ナゼそこに?日本人~知られざる波瀾万丈伝~』をやっている中で危険な目にあわれたことはなかったんですか?
上出:たとえば、南米コロンビアのスラム街ってものすごい危ないんですよ。この前も日本人大学生のバックパッカーが亡くなってしまう事件がありましたけど。そこでは「1ヶ所に30分以上とどまっては絶対ダメだよ」っていうのが安全を保つルール。なんでかって言うと、30分あると色んなところに連絡がいって強盗とかの集団が集まっちゃう。ピンポイントに地元の人間は、その地元では悪さをしない。すぐに顔が割れるので。だからちょっと離れたところのやつらがやって来て悪さをするんです。そいつらに連絡が行くのが30分以内って言われてる。そのスラムの食堂でご飯を食べてたんです。20分くらいで食べて出ようと思ったら、お店のおばちゃんに「ちょっと待って」って言われて、「どうしたんですか?」って聞いたら、「表にあいつらが来てるから、ちょっと待ったほうがいい」って。30分を待たずとも、連絡がいって強盗のメンバーが表に集まったんです。30分ルールなんて全然信用ならない。でも味方になってくれる人ってどんな状況でもいるんですよ。その人がいなかったら多分、身ぐるみ剥がされてた。
――間一髪ですね。
上出:南米の悪いヤツらって賢いんですよ。南米の危なさと、アフリカの危なさって結構違う。南米の場合、危ないって聞いてたけど、大丈夫そうじゃんって一見平気そうな感じになったところで不意にがっつりやられる。アフリカはその場に入った瞬間にこれはヤバイぞって感覚がまずある。アフリカでは命の価値がぜんぜん違う気がする。動物を狩るように人を狩る。300円持って夜中に歩いたら、その300円のために殺されるって言われるくらい。アフリカでは何か問題が起きた時に走っちゃダメなんです。
――走っちゃダメ?
上出:アフリカには「モブジャスティス」って言葉があるんです。直訳すると「群衆の正義」。たとえば、万引きしてアイツ取ったぞって追われると、みんなでそいつをリンチして殺しちゃう。それが頻繁にあって、僕が取材した日本人の側近だった人も、僕が取材した直後にそれで殺されちゃいました。モブジャスティスで殺された人の遺体が何日間も路上に放置されているなんてこともしょっちゅうあるし、フェイスブックでアフリカ人のタイムラインでちょこちょこ流れてきます。路上で殺された人の写真が。だから、走ったらダメ。走ると、犯罪者と認定され、えん罪でもそのまま殺される。権利を主張する間もなく。本当に普通に死体が転がっていますからね。
――そうした経験をされた中で、よく1人で行くと決断されましたね。
上出:絶対にやっちゃいけないことが、いくつか僕の中にストックされているんです。もちろんそれはまったく完璧じゃなくて、俺は大丈夫だって思ってる人や恐怖心を失った人はやられると思います。一応、僕は恐れながらだけど、ここなら行けるっていうジャッジをギリギリでしながらロケを進めているっていう感覚はあります。基本的には、今オレを攻撃しないほうがいいことがあるよって言うことを相手にとにかく伝える。それが鉄則。あとは、1対1じゃなくて1対10とか20とかじゃないですか。そうすると、向こうのボスを見極めるのが大事。この2つを徹底する。まずボスを見つけて、ボスにいきなり金を払ったりはしないけど、とりあえず取材に協力してくれたらあとでちゃんと相談するからと。そうするとボスが仕切って僕を守ってくれる。過去にそれで間違えたときもあって、事前にボスじゃない奴と喋って、お金を渡しちゃったんです。1回そこで渡したら、他の奴らも、俺も俺もと。もう収拾がつかなくなって、何も撮れずに帰るっていう。そういう風にちょっとずつ手順をストックしていった。ただやっぱり怖いですよ。でも人が見れない部分を見せることがテレビの役割のひとつだなっていうのはあるので、ギリギリ安全が確保できる部分でトライしていきたいと。
――先程、企画書もモノトーンだったとおっしゃっていました。テロップなどの画面づくりがシンプルで独特ですが、何か参考にしたものはあったんですか?
上出:参考にしたものは・・・・・・、ほとんどないですね。海外の映像はよく見るので、オープニングのつくりとかはミュージックビデオとかにちょっと寄せているのかもしれないです。何かを参考にしたと言うよりは、ああなった、という感じです。色々いらないものを排除していって、テロップの色とかも排除していって。だけど、見やすさをないがしろにしないというジャッジをしていく中で、ああなった。
――「横流し飯」「国境はじき返されバーガー」「懲役38年の罪と飯」などテロップで使われてる語彙も独特ですね。
上出:それは僕らの感覚で、ちょっとクスッとしてもらいたいと思って。ずっと見ていると息を抜く場面がないじゃないですか。そうすると見終わったあと、肩凝ってしょうがないんで、一回気が抜けるところをつくっておきたかった。普通はVTRの中で笑いをつくっていくんですけど、それがなかなか難しい。そうするとああいうところでちょっと遊ぶ。何をやっても"不謹慎の壁"っていうのがあるんですけど、そこをちゃんと見極めてギリギリ不謹慎にならないようにと思ってやっています。
――「Paravi(パラビ)」では、ディレクターズ・カット版が公開されます。どんなものを加えたんですか?
上出:ものすごく悩んだんですけど、たとえばリベリアの回。加えたというか、全く新しいものを一本作りました。しかも放送回より長い尺で。オンエアしたのは墓場だったんですけど、いろんな廃墟があって、何箇所もロケしたんです。それぞれすごい衝撃的なんですよ。そのうちの1個をほとんど編集せずに出しました。あれは・・・・・・、テレビではないと思います。テレビであれを出したら訳がわからない(笑)。本当に素材のまま。効果音も音楽もナレーションもなにもない。説明のテロップもまったくない。何が起こっているのかもわからないっていう瞬間も結構あります。相当面白いと思います。
――それはテレビのディレクターとして育った人にとっては勇気がいることじゃないですか?
上出:勇気は必要かもしれないですね。人は恐れれば恐れるほどいろんなものを付け加えるんですよ。吉田栄作は白Tシャツ一枚で歩けるけど、顔がああじゃない人は絶対色々着飾るじゃないですか。それと同じで、ここ音楽入れないと不安だなとか。ここ説明しないと分かってもらえないかなとか。そういう意味ではあんまり怖いものがないっていうか。やっちゃおうかなって感じでした。この番組は素材が吉田栄作なんです。
――ネットでわざわざ見に来る人っていうのを考えた時にそういう方向になったという感じですか?
上出:そうですね。この番組でわざわざスピンオフまで見てくれる人は何を求めているんだろうと思った時に、やっぱり生のものを求めてくれるだろうと。オンエアのリベリア回を見てくれないと本当にわけわからないと思いますけど(笑)。リベリアの回を見て面白いなと思った人が見る分にはかなり、研ぎ澄まされた強烈な感じになってると思います。局内でも物議を醸しました。ありのまますぎてテレビ東京として世に出していいのかって。たとえば取材した元少年兵が、自分の電話番号を連呼するんですよ。「ここに電話してくれ、助けてくれ」と。僕は現場で超リアルだなって思ったんです。めちゃくちゃ電話番号言うじゃんって。それをそのまま出してるんですけど、局としてどうなんだって。そもそも電話番号を出すっていうことにテレビ局はアレルギーを持ってる。でもなんで電話番号出しちゃいけないんでしたっけっていうところを問うたんですけど、明確な理由はないんです。電話をかけてお金を送らさせて、それがどっかに搾取されたとしたらどうするの?とか、電話して、誘われて現地に行っちゃって、身ぐるみ剥がされたらどうするの?とかいろんなリスクパターンを突き付けられたんですけど、そこにまでテレビ東京が責任を持つの?という話までして、かっこいいヤクザ映画を見て暴力団に入る人の方が多いと思いますしね。マグロ漁師のドキュメンタリー見てマグロ漁船に乗る方が危なくないですかって。電話番号出す出さない関係なく、お金を出したいと思った人はそうするかもしれないし、行きたくなった人は行くだろうし。「そもそもなんでダメだっけ?」っていうのを問うていくとこのまま行けるよねって話になりました。そこがこの会社のすごいところでもあります。
この番組では「そもそもなんで?」っていうのがキーワードになってます。ナレーションもなんでいるんだっけ?なんでテロップにそんな色彩使わないといけないんだっけ?なんで音楽いるんだっけ?とか。スピンオフでは最後にお金を渡すシーンを入れているんですけど、それもどうなんだっていう議論はあったんです。でも、それがリアルじゃないですか。僕ら、取材させてもらって、何人もの人を丸1日拘束してるわけですよ。それでお礼をしないわけはなくて、その相場がどれくらいなのかっていうのもリアルで、見てくれている人も色々考えてくれるんじゃないかって思って。それも含め色々出してます。見たことがないものがいっぱいあると思います。
――Paravi(パラビ)を含め、動画配信サービスが最近増えてきました。地上波とネット配信の違いをどのように考えていますか?
上出:実はそんなに違いはないんじゃないかって思うんです。テレビは規制でガチガチだよね、ネットはそれがなくて自由で面白いことができるよねっていうのが大方の見方。だけど、そもそもなんでその規制が生まれたのかってことをまず考えなければならないと思うんですよ。例えば放送禁止用語もそれを耳にした人が傷つく、つらい思いをするってことがあるから規制が生まれた。ネットは規制がないからいいよねって言ってやるべきかっていったら絶対そんな事ないじゃないですか。そう考えると、本当は同じで、ネットはルールがないぶん、よりモラルが求められる。ネットの動画で品のない言葉使いとか愛のない編集をみると、僕はがっかりします。そういう自由は楽しくないなって。
ただテレビは、国から周波数を割り当てられ、あまねく色んな人を楽しませるためのメディアだっていう部分がネットとは違う。ネットはごく一部の人が相手でもいいものを作るのが正義。そういう意味で規制の種類が違う。コアな人向けのものをネットは作りやすい。だから『ハイパーハードボイルドグルメリポート』も数字が振るわないのはネット向きのコンテンツだっていうのは感じますけど(苦笑)。
――今後やってみたいと思うようなことはありますか?
上出:『クレヨンしんちゃん』の映画は最高だなって思うんですよ。少年たちが冒険に出て敵と戦って何かを成し遂げる。でも、その要所要所に大人も何か感じるのが紛れている。大人も子供も楽しめる冒険譚みたいなものをテレビでやりたいとずっと思ってます。
(C)テレビ東京 (C)Paravi
- 1