動画配信サービス「Paravi(パラビ)」のオリジナル番組として、『世界の美しい椅子』『美しい椅子と女たち』が、2018年7月1日(日)より配信される。この番組は、"椅子と美女"をコンセプトに、名作と呼ばれる椅子と注目の女優4人を最新高画質カメラで撮影、アカデミックかつアートな映像に仕上がっている。そこで本編には入りきらなかった "名作椅子の隠されたストーリー"を4 回にわたって解説する。

巨匠アルネ・ヤコブセンから2人の弟子へ
北欧モダンの継承から生まれたYチェアとパントンチェア

戦後に訪れたデンマークデザインの黄金期、その中心に君臨したのがアルネ・ヤコブセン(1902-1971)。建築から家具、照明器具、テキスタイル、テーブルウェア、時計などまでデザインしたスーパースターである。あなたもどこかでひとつは見たことがあるに違いない。まさに、"北欧モダンデザインの祖"といってもいいヤコブセンは、作品はもちろんのこと、人となりについてもしばしば話題に上る。職業的にスマートな印象を持つかもしれないが、ヤコブセンに限ってはかなり人間臭い人物だったようだ。

10年ほど前だっただろうか。とある雑誌に、ヤコブセンの人物像についてだいたい次のように書かれていた。「偉大な建築家、デザイナーであるのは間違いないのだが、わがままで人使いが荒く、倹約家というよりケチだった」さんざんな言われようだが、彼の名誉のために付け加えると、これは若かりし頃の話らしい。ヤコブセンの晩期にあたる1960年代にヤコブセンの事務所に勤務していたデザイナーのナッド・ホルシャーを取材したことがあるのだが、ヤコブセンはスタッフとのコミュニケーションを大切にしていたそうだ。多くの人がそうであるように、ヤコブセンも歳を重ねるにつれて、丸くなったのだろう。

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初期にあたる1941年から2年間、ちょうどヤコブセンが傲慢であったと思われる時期にスタッフとして働いていたのが、「Yチェア」で有名なハンス・J・ウェグナーだ。在職中はおもに「オーフス市庁舎」の椅子のデザインを担当した。この仕事を通じてウェグナーは、生涯に渡って付き合うことになる家具のマイスターたちと出会い、彼らについて語ったエピソードを残しているのだが、不思議とヤコブセンについてはほとんど聞かれない。ヤコブセンが自身のデザインを実現するために職人たちとのケンカも厭わなかったのに対し、自身もマイスターの資格を持つウェグナーは職人たちとの対話を重視したという。ある部分では、ヤコブセンを反面教師にしていたのかもしれない。

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一方、「他の誰よりもヤコブセンから多くのことを学んだ」と公言しているのが、ヴァーナー・パントンだ。1950年から52年までヤコブセンの下で働いたパントンは、「アリンコチェア」(1952年)に携わっている。成形合板を材料に、世界初の背と座が一体となったシェル型の椅子の開発の経験が、脚までを含めて一体化した自身の代表作「パントンチェア」(1967年)に結実したのはいうまでもない。ヤコブセンの北欧モダニズムのイズムをもっとも受け継いでいるのが、パントンなのではないだろうか。

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ヤコブセンの影響力は過去のものではない。アリンコチェアをはじめとする、ヤコブセンの家具を製造するフリッツ・ハンセン社で活躍する現役のデザイナー、キャスパー・サルトの次の言葉にも示されている。

「ヤコブセンの存在は、ときにはプレッシャーになることもあるけど、彼がデンマークデザインの評価を高めてくれたおかげで、自分たちが世界に出やすかった部分もあると思う」

デンマークデザインを語る際、メインキャストとして外せない存在感を放つアルネ・ヤコブセン。その直弟子にあたる2人がデザインした「Yチェア」と「パントンチェア」のこと、もっと知りたくありませんか?

Paraviで2018年7月1日から配信!『世界の美しい椅子』&『美しい椅子と女たち』
#1「パントンチェア」 #2「Yチェア」 #3「アップ5&アップ6」 #4「藤丸椅子」 #5「ドムスチェア」 #6「エッグチェア」 #7「ヒルハウス,1」 #8「 Aチェア」

日本文藝家協会会員。1972年生まれ。デザイン、インテリア、北欧などのジャンルの執筆および講演などを中心に活動中。著者に「ストーリーのある50の名作椅子案内」スペースシャワーネットワーク「北欧とコーヒー」青幻舎などがある。