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奥平:会社を作られたのは2011年ですか。会社を作られた時点で石灰石を使おうというのは決めていたんですか?

山﨑:もともとその数年前に台湾で作られていたストーンペーパーというものに出会って。

瀧口:ストーンペーパーって何ですか?

山﨑:これも同じように石灰石からできたシートだったんですけど、それを僕は面白いと思って、日本でもみんながエコを口にするような時代になってきたので、面白いと思って輸入商社としてスタートして。その時の物がどうしても価格が高かったり品質が悪かったりでなかなか売れなかったんです。特に重かったというのがあって。この3つさえ解決すればと思ったんです。その時にはもう石灰石を主原料にすることの意義はわかっていましたし、この3つを解決すれば世界中に大きく貢献できる。紙代替としてというのがもともとのコンセプトだったので、石灰石を主原料にというのはその時点で意思決定していました。

奥平:原型となったものは台湾にあったけれども、いくつか問題があったと。

山﨑:そうです。このままで行くとニッチな物にしか使われる用途がなかったんですね。エコノミーとエコロジーを両立してと考えた時に、特にエコというものをコンセプトとして素材提供していく中で、広く当たり前に広まらないと意味が無い。そう思っていたのでストレスなく世界中の人に使われるものにして、大量に消費されるものを代替していこうと考えました。

奥平:いろいろと工夫があったと思うんですど、何が比較的ブレイクスルーとして大きかったんでしょうか。その台湾にあった重くて品質が良くないものと、LIMEXの違いを生んだものは何だったんでしょう。

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山﨑:今うちの会長をやっている角(祐一郎)という者が、日本製紙の技術畑で専務をしていたんですが、彼に台湾のストーンペーパーの品質改善の相談に乗ってもらっていました。このままだとあの素材はこのままだと。ただこんなにポテンシャルがあるというお話をさせていただいて、角も間違いなくこの3つが改善されれば地球規模で意味のある素材だということを言っていて。「ならばいっしょに開発しましょう」ということで開発がスタートしました。これがLIMEXが生まれた原点ですね。

瀧口:最初は紙の代替と思って始められて、研究を重ねていくうちにプラスチックの代替になるなという流れだったんでしょうか。

山﨑:ピンチがチャンスじゃないですけど、2015年2月に工場が竣工して、もともとそこでLIMEXの紙代替としての製品を生産していこうとチャレンジしたんですけど、なかなかR&Dでやっていたときと生産期にまわった時と勝手が違って、うまくいかなかったんです。本当に苦労して作った工場だったんですけど、そこから出てくるのは不良品ばかりで売り物にならない。

奥平:工場は製品を作っているというよりはその製品の元となるペレットのようなものを作っているんですか?

山﨑:工場ではシートまで作っていました。

奥平:この印刷する前の段階ですね。なかなか最初は品質管理ができなかったと。

山﨑:その原材料を使った物の耐水性や耐久性はすごく評価してもらっていたので、割とフィルムなんかの代替としてのニーズはあったんです。なので物性的にもプラスチックの代替として可能性があるのではないかと。その不良品の山になっているものを使って、自分たちの生産ラインじゃない所の提携先でどんどんプラスチック代替の開発をスタートさせました。

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瀧口:ではいったん方向転換してみたということですね。

山﨑:紙代替としての開発はどんどん進めながら、製品にならなかった物をプラスチック代替として開発をしてきたわけです。

瀧口:できた物の特徴がプラスチックと似ているということだったんですね。

奥平:そういう場合はプラスチックの製品を作るところに原料を提供すると。紙にする前に途中で抜いて来るんですか?

山﨑:紙になった状態の物をもう一度ペレットにして提供していました。

奥平:もう一度細かくするわけですか。

山﨑:そこでペレット化して違う工場で成形をしていく過程で、紙代替で使った物をもう一度ペレットにして再製品化できるということも発見したわけです。なので今お話したアップサイクルが実現できるということがわかりました。