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奥平:もともと商社振り出しでサイバーエージェントに移られて。西條さんが入社された頃はまだサイバーエージェントも小さい会社でしたよね。

西條:私が入社したのは2000年の頭だったんですが、サイバーエージェント本社で40人くらいでした。

奥平:2000年くらいというと、まだそれほど景気も良くない頃ですよね。結構苦労して入られた一流企業の伊藤忠商事を辞めて、40人の中小企業に移られたと思うんですけど、その辺から今のスタートアップスタジオまでご自身の中で一貫したコンセプトはあるんですか?

西條:ありますね。一つは既存の仕組みではカバーできないような新しい仕組みは常に必要だと思うんですが、そういうものを自分で作っていくということに興味がありまして。最初のきっかけは小学生の時にパソコンを始めて、プログラミングをするようになったことです。

瀧口:小学生でプログラミングをしていたんですか?

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西條:プログラミングは自分が思うものを作れるわけじゃないですか。もの作りじゃないですけど、自分で想像して企画して実際に作って。当時はインターネットとかまだなかったので友達に自分の作ったゲームで遊んでもらう程度でしたけど。そういうことが原点になっていると思いますね。

奥平:ちなみに徳島というと、日本の冠たるIT企業だったジャストシステム創業の地ですよね。

西條:そうですね。私が小さい頃、80年代はすごかったと思いますね。

奥平:当時ジャストシステムって意識されたんですか?

西條:そこまで意識はしていないんですけど、ジャストシステムがあったおかげで当時周辺にパソコンショップがあったりしましたね。

奥平:へぇ~。

瀧口:今(スタッフから)なるほどという声が聞こえてきましたけど(笑)。

奥平:ジャストシステム世代ですね(笑)。

瀧口:すみません、ジャストシステムというのは?

奥平:知らないんですか(笑)。

瀧口:非常に聞きづらいなと思いながら(笑)。

奥平:「一太郎」ってワープロソフトは知ってますか?

瀧口:あ、はいはい。それですか。

奥平:マイクロソフトのwordにやられちゃいましたけどね。

瀧口:でも一太郎は使ってました。細々と。年賀状を作るために父が使っているのを横で見ていました。

奥平:「花子」とかね。徳島って伺ってたのですが、まさかジャストシステムがそんなに関係しているとは。

瀧口:そんなに影響あるものなんですね、地元だと。

西條:何となくは聞いてたので。

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奥平:その作るのが楽しいというところからすると、起業みたいな思考が根っこのところではあったんですか?自分で作りたいと。

西條:そうですね。やはりある程度自分で思うやり方をやってみたいというのがあるので。もちろん組織でできればそれはそれでいいですし。ただ自分で起業、独立した方がより自分のやり方を反映はできますので。

奥平:サイバーエージェントに移られた時はどちらかというと起業の準備という意識があったんでしょうか?

西條:基本的にはそうです。起業という言葉は当時知らなかったんですけど、社長になろうと思っていて。ゲーム会社を作りたかったんです。その延長でずっと思い続けていて、何をしていいか分からず一旦就職したんですけど、次のステップに行くために「基本的には新規事業をやりたい、将来起業したい」という話をして(サイバーエージェントに)入社しました。

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瀧口:サイバーエージェントの中でも、たくさん新規事業をやられていたんですか?

西條:そうですね。

瀧口:いくつくらいですか?

西條:7つか8つくらいはやっていたと思います。もともとやりたかったゲーム会社についても(サイバーエージェントで)最初にゲーム子会社を作りましたし。

奥平:FXもされてましたね。

西條:はい。FXもありました。あとはベンチャーキャピタルとか。金融は大学時代に勉強していたので、興味があって。今回もエキサイトのTOBをする時に、いろいろな金融スキームを使ってやったんですけど、そういうのは楽しかったですね。

瀧口:西條さんの興味は本当に広範囲なんですね。FXからゲームまで。

西條:そうですね。ちょっと病気というか(笑)。いろいろな所に興味を持ってしまう。

奥平:それで言うとサイバーエージェントは在籍期間が長かったんですね。

西條:12年いました。