<これまでのAIがうまくいかなかったワケ>

松尾:そうです。餌だと思ったら食べるし、敵だと思ったら逃げるし、異性だと思ったら近づくということをやるわけです。このベースになる認知・運動系の上に人間は記号・言語系と僕が呼ぶシステムを乗っけているんです。今までの人工知能の研究は、この2階建ての1階ができていないのに、2階を一生懸命作ろうとしていたんです。

瀧口:記号・言語系というのはどういうことなんですか?

松尾:これは言葉を処理する、例えば「おはよう」と言ったら、「おはよう」と返すようなAIを作りましょう、パズルを解いたり将棋をプレイしたり、医療の診断をするAIを作りましょう、ということです。こういったものは、全部言葉や記号を扱っているんです。そういうAIはたくさん作られてきたのですが、いまいちうまくいかなかったんです。

瀧口:なぜでしょうか?

20180713_nikkei_08.jpg

松尾:それは、1階部分がないのに2階部分を作ろうとしてきたので、言葉の意味などを処理できなかったんです。AIは、「りんご」と言われたときに、或いは「大きなりんごの木があります」と言われたときに、文字列として意味がわからなかったんです。

瀧口:「りんご」という文字は認識できるんですよね?

奥平:それが赤くて丸くて木からぶら下がっているという、認知の部分がなかったということですね。

松尾:そうです。つまり意味を理解するというのは、2階の記号・言語が、1階部分を駆動することなんです。1階部分が、これまでディープラーニングがなかったので、駆動することができなかったんです。これが今はできるようになり、画像認識ができたり、ロボットが上手に動けるようになったりしてきました。1階部分が完成に近づきつつあるので、言葉が認知・運動系を上手に駆動する、意味がわかるという処理が、今後できるようになってくると思います。

奥平:現象面でいうと、例えばGoogleのサービスやFacebookのサービスで画像認識が入っていて、写真を上げると自動的にタグ付けされたりしますが、それも認知の部分ですけれど、それは人間の「How works」でいうと、1階部分に相当すると?

20180713_nikkei_09.jpg

松尾:そう、下の部分なんです。ロボットが上手に動くのは、深層科学学習と言われるものですが、こういうものは認知と運動系が組み合わさったような技術で、ここができてくると、例えばお片付けロボットとか、農業の収穫ロボットなど、いろいろなものができるようになってくるはずだと僕は思っています。ですが、そういう技術の進展した先には、記号・言葉の意味を上手に扱えるようなAIができてくる。今のAIは、例えばディープラーニングを使ったGoogle翻訳などは非常に精度は高いのですが、まだ2階だけでやっているんです。1階部分との連携がうまくいっていない。ただ、アルファ碁を作ったディープマインド社のCEO、デミス・ハサビス氏は、イマジネーションが大事だと言っています。イマジネーションとは、2階部分が1階部分を駆動することで映像や画像を想い起すような仕組みが重要だと言っています。2階と1階の連携がこれから技術としては進んでくる。そうすると、メールを書いたときにその言葉の意味がわかる。或いは、読んだときにその言葉の意味がわかるというような技術が出てきますから、これはGoogleやFacebook、Microsoft、IBMといった企業にとって非常に重要になる技術なんですね。

奥平:このお話を伺っていると、これはヒトの営みという話だと思うんですが、ヒトの営みは大体できるようになるということですか?

松尾:僕は、知能の仕組みは大体できるようになると思いますね。

安田:そこがすごく聞きたかったんです。AIでは、昔から弱いAIと強いAIと言って、要は人間にそっくり、あるいは人間をしのぐような超高性能なアンドロイドができあがるのか。

20180713_nikkei_10.jpg

奥平:2045年のシンギュラリティ(AIが人間の能力を超える技術的特異点)という話ですよね。

安田:或いは、局面局面で人間をしのぐような、作業に特化したAIが出てくる、つまり弱いAIなのか。松尾さんは、強いAIも実現できうるというお考えですか?

<AIはヒトを超えるか>

松尾:強いAIは実現できます。ただ、よく言われる知能の話というのは、僕は生命と知能を混同しているのではないかと思っています。例えていうなら、人間と知能の関係は、鳥と飛ぶことの関係と一緒です。飛ぶことを工学的に追究して原理を解明し、それを人工物として作ると飛行機になります。ですが、飛行機は朝になったらチュンチュン鳴いたりしないし、巣を作って子育てもしません。それは、飛行機だから。それと同じで、人間の知能というのは、原理は比較的単純なものだと僕は思っています。これは近い将来、明らかになると思います。これを工学的に作り出すと人工知能になって、これはいろいろな産業領域や、我々の生活の中でいろんな使い方があると思います。ただ、この人工知能は我々のように美味しいものを食べたいとは思わない。征服したいとは思わないんです。それは、生命じゃないから。そこはよく混同されがちです。

瀧口:それは、人間の本能の部分の仕組みだからですね?

20180713_nikkei_11.jpg

松尾:そうです。目的の設定というのが、人間の場合は、自己再生産とか、自分を守る、子孫を残す、仲間を助けることが組み込まれているわけですが、ところが、AI、ロボットの場合は、これを外から与えられるものですから、どういう目的で使うのかによって挙動が変わる。だから、囲碁に勝ちなさいと学習させれば、アルファ碁ができますが、囲碁盤を引っくり返すということはないわけです。

奥平:人知を超えたり、それに匹敵するようなものはできるけれども、人間そのものは作れないと。

松尾:はい。人間とは全然違いますね。

奥平:そこは昨今、混同しているところですね。

松尾:よく映画などでごっちゃにして描かれるので、そこは混同しやすいんですが、だいぶ違うと思います。AIはいろいろな産業社会の中で使われると思いますが、人間の人間性はよりクリアになってくると思いますし、AIの知能が高いということではないと思います。